口座凍結ってホント?家族で備えよう、認知症にまつわるおカネの問題
取材/POWER NEWS編集部 撮影/コスガ聡一
認知症になると、生活はどのように変わるのでしょうか。とくに気がかりなのが「お金」のこと。自分ひとりではお金の管理ができなくなる? 認知症と診断されると預貯金が“凍結”されてしまうってホント……? など不安は尽きません。認知症と預貯金にまつわるトラブルと備えについて、専門家に聞きました。
「認知症になられた方が最初に直面する困りごととしてよく聞くのは、キャッシュカードや通帳の紛失です。また、キャッシュカードの暗証番号を忘れてしまったり、ATMの操作がわからなくなってしまったり……といった話もよく耳にします」
こう解説するのは、介護に詳しいファイナンシャルプランナー(FP)の柳澤美由紀さん。頻繁にキャッシュカードや通帳を再発行していると知ったことがきっかけで、親や配偶者の認知症に気づくケースもあると言います。
預貯金を引き出す方法は「ATM」と「窓口」の大きく2つに分けられます。ATMで引き出す場合、あらかじめ、家族に暗証番号を教えておけば、いざというとき、キャッシュカードを渡して、「代わりに引き出してきてほしい」と頼むことができます。
窓口では、本人に頼まれたと言うだけでは引き出せない
では、窓口で引き出す場合はどうでしょうか。かつては通帳と印鑑さえあれば、誰でもおろせる時代がありましたが、現在はそう簡単にはいきません。確認方法やルールの運用は各銀行によって異なるものの、本人の意思確認は徹底されています。たとえ、本人に頼まれて銀行に行ったとしても、口頭で申告するだけでは、お金は引き出せないものと考えたほうが良さそうです。
「認知症が進むと、『自分の名前が漢字で書けなくなる』『ひらがなでも名前を書くのが難しい』といった症状も生じます。そうなると、自分で窓口の手続きをするのはもちろん、委任状を書くのも難しくなります。金融機関が『判断能力に乏しい』『十分な意志表示ができない』と判断すれば、預貯金を“凍結”――家族はもちろん、本人も引き出せなくなる可能性があります」(柳澤さん)
こうした判断能力の低下・喪失によって、預貯金が凍結されるのは認知症だけに限りません。たとえば、重篤なケガや病気で入院し、本人が窓口やATMで手続きができない場合も、預貯金が下ろせず、家族の誰かが入院保障費や治療費などの費用を立て替えざるを得ないといった苦境に陥ることも。
たとえ家族でも、本人の同意無しにお金を引き出すことは法律違反
「預貯金は個人のものであって、親子はもちろん、夫婦であっても、お金をおろせないということをぜひ知っておいて下さい。“家族だから大丈夫なはず”という思い込みの結果、介護している家族が自ら、認知症当事者の方の判断能力低下を金融機関にアピールしてしまうことがあります。家族としてはよかれと思って説明しているのですが、これが困った事態を招きかねません」
こう語るのは、FP資格を持つ介護・暮らしジャーナリストの太田差恵子さんです。
「本人の同意なしにお金を引き出すのは、たとえ家族でも法律違反です。だからこそ、銀行側はしっかり意思確認しようとするのですが、家族としては納得がいかない。そこでつい、『認知症があって、とても本人が窓口で手続きできるような状態ではない』などと訴えてしまうんです。それはつまり、ご本人に『判断能力がない』と強調していることに他ならないのです」
では、こうした事態を避けるにはどのような備えが必要なのでしょうか。太田さんは次のようにアドバイスします。
元気なうちに「介護資金」を託しておくのも○
「元気なうちに『いざというときに、どのお金を使うか』を家族で相談しましょう。たとえば、将来の入院や介護に備え、家族も口座を利用できる『代理人カード(家族カード)』を作成しておくのも一案です。あるいは専用口座を新たに開設し、別管理にしておく手もあります。
また、まとまったお金を子どもや配偶者に託し、『介護資金として預ける』という旨の覚え書きを交わすのもいいでしょう。この方法なら、託された人は預かり金を自分名義の預貯金口座で管理すればいいので、出し入れは自由。口約束ではなく、書面にしておくことは、将来の親族間のもめごとや相続トラブルを未然に防ぐことにもつながります」
一方、先の柳澤さんがおすすめするのは「銀行・支店ごとの対応一覧表の作成」です。
「家族が代わりに預貯金を引き出したい場合、どのような手続きが必要なのかといった対応は銀行によっても、ルールがずいぶん異なります。また、同じ銀行でも支店によって違う可能性もあります。所有している預貯金口座の支店に、〈家族が代わりに病院や介護施設への振り込み等の手続きをしたい場合〉の方法やルールを問い合わせ、一覧表にまとめておくと、いざというときに慌てずにすみます。
また、どのような手続きから手をつければいいのか、優先順位を考えるヒントにもなって一石二鳥です」
家族でのお金に関する話し合いも、預貯金口座の整理も一朝一夕では終わらないもの。だからこそ、“思い立ったが吉日”で早めに最初の一歩だけでも踏み出してみることが大切です。