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成年後見制度は「誰かを保護」できているのか?ニューヨークの女性の場合

後見制度は、現代生活の中で壊れてしまったもの―機能しない家族、保険制度、財政、そして官僚制度―が落ち行く先だ。人間が持つ一番醜い部分を引き出すようにできているかのようなこのシステムは、秘密主義を助長し、人々を混乱させ、弁護士によって動かされ、無力の個人にとてつもない力となってのしかかる。そしてそれはまた、人生がうまく回らなくなってしまった人々が、最後にあがく場所でもあるのだ。

そんな中、フィリス・ファンクに出会った。

手紙の中で、ファンクはこう自己紹介を始めた。「上記の“状況”はさておき、私自身の話をさせてください(“私”がまだ存在していると仮定して話します。私の“物語”からお察しのとおり、私には裁判所から正式に任命された後見人がいます。彼は“私”を抹消しようと、ひどく風変わりな行いを続けており、ニューヨーク市や州の法律違反の可能性もあります。彼のせいで、私はすべての資産、市民としての権利、時には電話サービスさえも否定されているのです)」

ファンクのケースは、何かが違った。

ジャーナリストだったファンクは、フリーランスの記者として新聞などに記事を書いていた。150カ国以上からレポートを送った。父親のルイス・ファンクは、ザ・タイムスでドラマ関連ページの編集者兼評論家だった。政治家ジョセフ・マッカーシーの相談役として悪名高いロイ・コーンは、遠い親戚。何かとお騒がせの元政治コンサルタント、ディック・モリスは義理の弟らしい。

市の職員がファンクの部屋に立ち入ったとき、ファンクは栄養失調状態で、脱水症状を起こしていた。立ち退き手続きが進んでいることも、家賃を何ヶ月も滞納していたことも、気付いていなかった。部屋に食料はほとんどなく、モノがそこら中にあふれかえっていた。

ファンクは思い出して言った。「大統領の名前を知っているかと聞くから、どうしてもあの名前を言わせるの、と言ってやった」

どういうわけでこんな精神状態にまでなってしまったのか、ファンクはわからなかった。寝不足だったのと関係があるかもしれない、と彼女は言った。「どんどん食べなくなっていった」ことをファンクは後日思い出した。「パスタを食べていたわ。パスタソースがなくなったあとは、ウスターソースをかけて。ツナ缶もあったけど缶切りが見つからなくて、金づちと千枚通しで開けたの」

「俗世を離れることにした、と言うのが一番近いかな」とファンクは言った。「そこを出たってこと」

主張が対立する彼女の「判断能力」

それから数ヶ月、ファンクが老人ホームで静養しているあいだ、市の成年保護サービスはファンクには判断能力がなく、後見制度の保護を受けるべきだと、裁判所に申し立てた。

法廷で市の委嘱医は、ファンクは「不特定の双極性障害およびそれに関連した障害、ただし双極性Ⅱ型障害を除く、収集癖、および不特定の人格障害」をわずらっていると証言した。

「除く」とされたのは、その診断が当てはまらないとするにはさらに検査が必要という意味だ。そんな検査を受けろとはだれにも言われていない、とファンクは言う。裁判所の記録にも、それ以降さらに鑑定を受けたという記述はない。あるときの審問では、ファンクは平静な様子で、言葉巧みに話をした。次の審問では、話の筋がほとんど通らなかった。

ショーン・T・ケリー裁判官は、ジル・ペレスという弁護士を後見人に指名し、立ち退き手続きを保留にした。ファンクの利益のための決定だった。

スミス・カレッジ時代からのファンクの友人、ナンシー・ヤンジは、一連の出来事を違う視点から見ていた。2016年後半にファンクの元を訪ねたとき、ファンクはしっかりとしていて、次の旅の計画をしていた。

「ニューヨークにもメインにも、彼女の財産を管理するファイナンシャルアドバイザーがいるのです」とヤンジは言う。「彼女のケースは金目的としか考えられません。お金がなかったら、皆こんなふうに彼女につきまとわないはずです」

この夏に私がファンクを訪ねた際は、「俗世から離れて暮らす」段階は過ぎ、いまは「敏感な」状態にあると言った。

彼女の部屋の中はこんな様子だ。あふれかえる本。キャビネットのドアからはみ出した毛糸。編み物の道具とラップトップが積み上げられたカウチ。旅先で集めたものを飾った壁。そして二人分の座るスペース。とっぴなものはなにもない。次に彼女の部屋を訪れたとき、新聞紙の山は倍になり、カウチの上や床の一部にまでひろがっていた。自分の裁判について調べていると言う。

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ファンクは精神科医に、ファンクの精神状態は安定しており「まったく申し分のない判断力がある」とする見解を書いてもらっていた。

機能不全の成年後見制度

生きる権利、自由の権利、そして幸福を追求する権利が保障された国にいながら、人が「間違う」権利をうばわれるのは、いったいどんなときなのだろう。

ニューヨーク州が高齢の弱者的立場にある成人を対象とした後見制度、すなわち精神衛生法81条を制定したのは1992年だが(知的障害や発達障害のある人を対象とした法令は別に存在する)、当時は前進的モデルとして考えられていた。後見人はできるだけ限定事項のない条件を提示すること、すべての決定において被後見人の意向を考慮することが義務づけられた。

「法令としてはすばらしいものです」そう語るのは81条の成文化にかかわったクリスティン・ブース・グレン元判事である。元判事は現在、意思決定支援制度と呼ばれる、後見制度に代わるシステムの導入を支持している。「法令を現実的に適用すれば、後見制度による保護対象となる人の数は、それほど多くありません。でも実際は適用されていない。そこが問題なのです」

グレンによれば、裁判官は安全策を取るあまり、過保護になる傾向があるという。そして恐ろしく高い時給で被後見人に請求をする後見人が、きちんとその任務を果たすかどうかは、後見人自身の道徳的動機づけだけにかかっているのだ。彼らのクライアントは反論しようにもその判断力はなく、裁判所も最低限しか監視しない。最低限とはどの程度か? 法的に後見人は、裁判所の決定後90日以内に、被後見人の資産や必要な身体的ケアについて報告しなければならないことになっている。しかしニューヨーク州の14のカウンティーで状況を調査したところ、報告提出までに平均で237日、その報告に誰かが目を通すまでさらに210日かかっているということが分かった。

当事者の家族が無力で何も知らせてもらえないと感じてしまうのも、こんな状況では無理もない。後見人になるための最初のハードルは低い。ニューヨーク州では、後見人になりたいという場合、1日の認定コースを受講することが義務付けられているのみだ。連邦政府監査院による2010年の報告では、裁判所で身元確認が行われることはない。過去の犯罪歴や破産の事実を開示するかどうかは、応募者にゆだねられているのだ。

ひとたび後見制度に組み込まれると、そこから抜け出すことはとても難しい。何か抵抗を見せれば、それこそ被後見人の身が危険で保護が必要であることを示すものだととらえられる可能性があるからだ。情緒的に不安定な人々は、後見制度からくるストレス―自らの権利を他人に明け渡し、それに金を払っているというストレス―によって、状態が悪化することもある。そして、もし家族の中に後見人の行動に異議を唱える人がいれば、被後見人は、そこにかかわるすべての人たち―後見人、後見人と被後見人それぞれの弁護士、鑑定人など―から、呼び出された時間に対する費用を請求されるのだ。

「まったく度を超えていますし、憲法違反です。それが毎日のように行われているのが現状です」とグレンは言う。「しかもそれは保護という名目で行われているのです。ここで本当に考えるべきは、この制度が本当に彼らを保護しているのかということです。保護できているという確証はありません。一人の人間が、別のだれかの人生を思いのままにする力、その人を世間から孤立させることも可能にする力を握ったとき、その先に待ち受けているのは、虐待、ネグレクト、そして搾取しかありません」

後見人や裁判官からは、後見人システムには決定的に予算が足りないという不満の声があがる。被後見人のほとんどが、これほど時間のかかる仕事に対する支払い能力を、ほぼもしくはまったく持ち合わせていない。貧しい個人に対して後見人を派遣する非営利団体は、いくつか存在する。

リーガル・エイド・ソサエティーのブルックリン事務所で、低所得者を対象とした後見制度のケースを見届けてきたジーン・キャラハン弁護士は、後見制度は老人ホームのようなものだと言う。「だれもが選ぶものではありませんが、ここまでたどり着いてくれて良かったと思います。後見制度は仕組みとしては使い勝手がよくないものの、問題解決につながることもあるからです」

それでも、後見制度は「まともなものを無力にする」という、いわば好ましくない状況を、また別の悪い状況に変えてしまう。つまり尊厳死の問題だ。幸せな結末などない。(抄訳)

John Leland
© 2018 The New York Times ニューヨーク・タイムズ

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