カギは呼吸? 物忘れ予防に音楽療法がいい理由とは
取材/石川美香子 撮影/上溝恭香
薬ではなく、楽しみながら認知症などをケアしていく取り組みについて特集します。茨城県取手市の認知症専門クリニック「メモリークリニックとりで」の最終回です。
(1) 認知症予防に取り入れる本山式筋力トレーニング
(2) 物忘れ予防に「わざと負ける」じゃんけん 認知症クリニックの取り組み
(3) カギは呼吸? 物忘れ予防に音楽療法がいい理由とは(この記事)
普段は出せない大きな声 歌って発散「音楽療法」
「うーさぎ うさぎ なに見てはねる 十五夜お月さま 見てはねる」
中秋の名月を過ぎたばかりの9月下旬。“月”にちなんだ曲から音楽療法が始まりました。毎回、時節に合わせたテーマで唱歌や演歌を中心に歌います。
「跳ねそうなうさぎをイメージして歌ってくださいね」
音楽療法士の宮島緑さんがキーボードを演奏しながらソプラノで高らかに歌い、50名の定員いっぱいの会場にそう呼びかけます。男性の比率が高く、会場に響き渡るのは美しいテノール。「月の砂漠」「月がとっても青いから」「憧れのハワイ航路」……。参加者のリクエストに応えながら、月にちなんだ懐かしの名曲が続きます。
「皆さん、今日の声の調子はどうですか?」
宮島さんの呼びかけに、「絶好調!」という声。会場は笑いに包まれます。
宮島さんが目指す音楽療法は、「日常的には出せない声を出してストレス発散すること」。呼吸が浅いと、心も体もリラックスできないのだそうです。
「日頃、浅くなりがちな呼吸も歌うと深くなるんです。すると、それまで呼吸が浅かったことや自分の体の状態に気づけます」(宮島さん)
歌の合間には首や肩まわりのストレッチ、発声練習、呼吸法の練習も。徐々に体もほぐれたのか、参加者の声のボリュームも調子も上がってきたところで「サンタルチア」の歌唱レッスン。同じフレーズを繰り返します。
そして全10曲を歌い終わり、どこかすっきりとした表情の参加者たち。その姿はいい時間を過ごせたことを物語っています。
ゲーム感覚で楽しみながら 体を動かす「アップテン」
「はい、頑張りすぎなくていいので、無理はしないでやりましょう」
健康運動療法士の薮下典子さんが笑顔で呼びかけているのは、「アップテン」。準備運動から最後のストレッチまで全身の筋肉をくまなく刺激するプログラムです。運動機能や認知機能の向上だけでなく、二人一組で運動することなどにより、自然と社会性も身につけるのが狙いです。
準備体操では椅子に座って手首や足首を回したり、両足のつま先を交互に上げ下げしたり……。難易度が上がると、追い付かなくなった人が、「もう少しゆっくりー」と声をあげます。だんだんと手拭いで汗をぬぐう人も。5分間休憩を時々挟み、水分を補給しながら、無理のないように進んでいきます。
「大丈夫ですか?動けますか?」休憩時間に一人ひとりに声をかけてまわる薮下さん。「アップテン」で薮下さんが目指しているのは「自分の体を知ること」と言います。
「体って、年齢とともに客観視しにくくなるんです。今日はちょっと腕が痛いなとか、よく動くなとか。運動を通して自分の体や自分自身と向き合うきっかけにしてもらえたら」(薮下さん)
「アップテン」は包括的にいろんな運動を取り入れていて、中にはボールを使ったエクササイズもあります。椅子の背もたれと背中の間にボールを入れて左右に体を揺らすと、「気持ちいい」という声も。
二人一組が膝をつき合わせて座り、お互いのボールをぶつけるようにするゲームでは、薮下さんの掛け声でボールを傾ける方向が決まります。テレビが置いてある方向や鏡のある方向、「上!」「ど真ん中!」とテンポよく変わるので会場は大混乱。「うわー」「ごめん、まちがえた!」という声と笑い声が巻き起こります。
今回参加した70代女性は「今回も面白かったです。なかなか自分一人ではこういった運動はできないですし、男女一緒というのも楽しいですよね」と話します。
多彩なデイケアプログラムのなかで、人生のときめく時間はまだまだ続いていくようです。