物忘れ予防に「わざと負ける」じゃんけん 認知症クリニックの取り組み
取材/石川美香子 撮影/上溝恭香
薬ではなく、楽しみながら認知症などをケアしていく取り組みについて特集します。引き続き、茨城県取手市の認知症専門クリニック「メモリークリニックとりで」での活動を報告します。
(2)物忘れ予防に「わざと負ける」じゃんけん 認知症クリニックの取り組み(この記事)
混乱が脳を刺激 笑いの中の「シナプソロジー」
「いち、に、さん、し、ご。ご、よん、さん、に、いち」「ワンツースリーフォーファイブ、ファイブフォースリーツーワン」
大画面の向こうから呼びかけてくるのは、シナプソロジーインストラクターの小池克昌さん。「本山式筋力トレーニング」同様、ライブ配信によって東京・お茶の水にあるクリニックと同時進行します。
シナプソロジーは、「二つのことを同時に行う」「左右で違う動きをする」といった、ちょっと混乱することを行うことで脳に刺激を与え、これにより認知機能の維持・向上が期待できるといわれているプログラムです。
「イロハニホ、ホニハロイ」
小池さんは言い方を少しずつ変えながら、両手の指を同時に端から順番に折って数えていきます。
「声を出すと脳の奥をしっかり使いますから、声を出してくださいね」(小池さん)
まずは椅子に座ったまま、ぐっと背中を丸めてストレッチ。その後も、ひじや肩など上半身をまんべんなくほぐしたら「チャレンジタイム」です。
インストラクターの小池さんが「負けてください」と言って、参加者に向かってジャンケンをします。参加者は咄嗟に負けを考えてあと出しに奮闘! 小池さんは「出してないものを出して」「今の反対から三つ出して」と徐々に難易度を上げていき……思うように反応できない状況に、会場は途端に笑いの渦に巻き込まれていきます。
その後、15分の休憩を挟んで交代したインストラクター郷間正典さんも、筋トレ要素を加えながら、さらに難易度を上げていきます。
「とりで」側で参加者を見守るのは、スタッフの小宮山伸一さんと作業療法士の小野明江さん。参加者の姿勢を見たり、やり方を優しくアドバイスしました。
シナプソロジーは、参加者の女性比率が高いのも特徴といいます。
「女性の皆さんは、同年代の顔なじみのメンバーとのおしゃべりが楽しそうですね。体も頭も使ううえ、同時に社会性も身に付く。すごくいい発散にもなると思います」(小野さん)
プレッシャーから解放 失敗さえプラスの「芸術療法」
「思いのほかよくできたよなぁ」「ああ、素敵だねぇ」
参加者たちが口々に褒め称えるのは、たったいま制作したテーブルクロスのアート作品。「芸術療法」で完成後に全員が作品を前にして語り合うギャラリートークでの一コマです。
本日のテーマは「新しいテーブルクロスをつくろう」。大きな白い布を前に、講師の井上貴美枝さんが持参した山の写真を見ながら、まずは「山の稜線」をクロスの真ん中付近にみんなで描いていきます。
「雄大な山を描きましょう」という井上さんの掛け声に、参加者は思い思いに稜線を描き、その余白に色をのせていきます。
「きっかけは山ですが、ここからは感じたまま、気に入った形を求めて塗っていってください」
井上さんの言葉に、参加者はそれぞれの色と形をひたすら追い求めます。
「水をこぼしちゃったけど、色が混ざってすごくいい色になった」「怪我の功名だね」
失敗さえもとらえ方次第で個性に。作品の隅にそれぞれの名前を記入して制作は終了。
「私、絵なんか描いたことないのに初めてこんなに描いちゃって」
参加した70代女性はどこか誇らしげに振り返ります。
「みんなで描くと個別の制作と違って、失敗しちゃいけないというプレッシャーがなくなって解放されるんです」と話す井上さん。目的もなく、上手いも下手もないと安心できて、日ごろ溜まったストレスが抜けるのだとか。
「誰に決められることでもなく、何をどう使ってどう表現するかその方法はたくさんあるので脳の活性化につながります。最初は戸惑っていた人も、一度筆を動かすと止まらなくなる。自信がついて口数も多くなるんですよ」(井上さん)
忘れていた絵心を呼び覚まし、自信もついてストレスも解消。芸術療法はいいことずくめのようです。
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