認知症とともにあるウェブメディア

本から知る認知症

前頭側頭型認知症を知っていますか? 顕著な人格変化の原因であることも

Getty Images
Getty Images

認知症について知っておきたい基礎知識について、榊原白鳳病院(三重県)で診療情報部長を務める笠間睦医師が、お薦めの本を紹介しながら解説します。

認知症を引き起こす病気には様々なものがありますが、脳の神経細胞が萎縮・消失するような変性を示す認知症を総称して「変性性認知症」と呼んでいます。

その代表がアルツハイマー病です。次いで多いのがレビー小体型認知症、そして3番目に多いのが前頭側頭型認知症です。特に若年性認知症に限って言えば、前頭側頭型認知症は、アルツハイマー病に次いで2番目に多い変性性認知症です。
なお、前頭側頭型認知症(=臨床的分類)は、前頭側頭葉変性症(=病理学的分類)に該当します。

とは言いましても、あまりなじみのない病気であることは間違いないと思いますので、具体的な疾患像が思い浮かばない方がほとんどではないでしょうか。
そこでまずは、どんな症状があらわれるのかを理解して頂こうと思います。そのために、とても有益な一冊があります。『バナナ・レディ』というタイトルの本で、紹介されている19症例は、すべて実際のエピソードにもとづいたものです。

『バナナ・レディ』

エピソード1(バナナ・レディ)では、本書のタイトルになっている女性の症状が詳細につづられており、前頭側頭型認知症の具体的なイメージを抱けると思います。女性というのは、牧師であるヘンリーの妻ドーン。病気になる前は有能で社会的に洗練され、音楽の才能にも恵まれており、教会の受付として働いていたような人でした。
以下に抜粋してご紹介します。

ドーンが奇妙な行動をとり始めたのは50代後半のことであった。彼女は教会に集まった人々の隅で、誰とも話さず立っているようになり、行事の間中、2階に上がってピアノを弾いていることもあった。
かかりつけ医が睡眠促進に、酒ではなくホットミルクとバナナをとることを勧めたのをきっかけに、ドーンは一度に5~6本のバナナを食べ始めた。その後、他の食物は胃を悪くすると言い張って、1日3~4リットルのミルクと数束のバナナによる食事療法を始めた。
彼(ヘンリー)は、ドーンに新たな問題、すなわち夜尿症が生じたため、夜にミルクを飲むことを制限した。しかし、彼女は通りを歩きながら、ミルクをもらいトイレを使わせてもらうために、隣近所のドアを叩いてまわった。
彼女の話は幾分まとまりに欠け、本題から離れやすく、的はずれな部分があった。神経心理学者は常同性と集中力欠如に気づいたが、知能や記銘力は驚くほど正常であった。【著:アンドリュー・カーティス,  監訳:河村 満 『バナナ・レディ 前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード』 医学書院, 2010, p7-8】

エピソード19(彼女はもう彼女ではなくなってしまった)では、「個性の喪失」に関して言及されています。

人格の変化はFTD(※前頭側頭型認知症)の核となる症状である。人格が非常に顕著に変化することから、介護者や友人がしばしば「配偶者や親が別人になってしまった」「赤の他人になってしまった」と評するほどである。無関心、冷たさ、興味のなさ、アパシー、社会的交流の欠如、奇妙な強迫行動を伴う脱抑制、保続、常同行動のすべてがこのような印象を与える原因になっている。人格の変化はしばしば乱暴さ、幼稚さ、分別のなさなどの形で現れる。【著:アンドリュー・カーティス,  監訳:河村 満 『バナナ・レディ 前頭側頭型認知症をめぐる19のエピソード』 医学書院, 2010, p157】

認知症においては、「人格変化」が症状の一つとして象徴的に指摘されますが、人格変化が顕著に目立つのは実はこの前頭側頭型認知症なのです。そして、人格変化のために、前頭側頭型認知症はしばしば「パーソナリティ障害」と診断されてしまう場合があります。

また、比較的初期から自分自身や周囲に対する無関心が目立つことがあり、ひきこもってしまい、当初はうつ病と診断されることもあります。

少しだけ専門的な話をさせて下さい。
前頭側頭型認知症には主に3つのサブタイプ(派生的な型)があります。行動の障害が強く出る「行動障害型前頭側頭型認知症」と、言語の障害と行動の障害の両方が前景に立つ「意味性認知症」と、言語の障害が目立つ「進行性非流暢性失語症」です。

行動障害型前頭側頭型認知症の病名には、「前頭」と「側頭」という2カ所の脳部位が病名に含まれておりますが、特に前頭葉の障害が目立ちます。前頭葉は、理性や意欲、計画性などのいわゆる“人間らしさ”をつかさどる領域ですので、もの忘れは目立たないものの、行動障害と人格の変化が前面に出てきます。前述の『バナナ・レディ』のエピソード1に記載されているような食行動の変化も特徴の一つとされます。

ここで、様々な脳にかかわる病気の症状について、古典の物語を例に挙げながら解説している本『怪談に学ぶ脳神経内科』を紹介します。

『怪談に学ぶ脳神経内科』

この中で、江戸時代後期の上田秋成の古典『雨月物語』に記されている、旅の僧侶である快庵が下野国(今の栃木県)で出会った山寺のお坊さんの様子が、行動障害型前頭側頭型認知症の代表的な症状を示しているのです。

里の人が言うには「この山の上のお坊さんは大変評判のよいお方でしたが、昨年の春、阿闍梨として越国(新潟・石川の一部・福井)の方の寺へ3ケ月ほど出張して帰ってきてから様子がおかしくなりました。(中略)昔話に出てくる鬼というのは現実にいるのだと皆恐れています」。山寺に行ってみるとお寺は荒れ果て、衣食のままならない痩せ細ったお坊さんがおり、一夜の宿を提供してくれた。夜になるとお坊さんは快庵を取って食うと言って探して暴れまわるが見つけられなかった。翌朝、昨日の様子について聞いてみると、本人も自分の行いに苦しんでいることがわかった。禅問答を授け、快庵は一度去った。1年後に来てみると、授けた禅問答を唱え続けたままその場で動けなくなっているお坊さんを発見し、成仏させた。【駒ヶ嶺朋子『怪談に学ぶ脳神経内科』 中外医学社, 東京, p56-57】

1年間禅問答を唱え続けたというような常同性は、行動障害型前頭側頭型認知症の特徴の一つです。それが食行動に及びますと、同じ食品ばかりを好んで食べるようになります(常同的食行動)。常同行動が高じますと、食事や散歩などの日々の行動を毎日寸分たがわず同じ時刻に実施(時刻表的生活)するようになるのです。

冒頭で述べましたように、前頭側頭型認知症は、前頭側頭葉変性症の臨床的分類であり、もともとはピック病(Pick's disease)と呼ばれていました。
ピック病は、約60%が行動障害型前頭側頭型認知症で発症し、残りは進行性非流暢性失語症、もしくは意味性認知症を呈するとされています。

ピック病では、理性をつかさどる脳の前頭葉が侵されるために抑制が利かなくなり、スーパーで目についたものを万引きしてしまうといった反社会的な行動が表れることがあります。

さて、本日のクイズです。
40歳以上の万引きの何%がピック病によるものでしょうか?

正解をお伝えする前に、こうしたピック病の症状を世に知らしめてくれた中村成信さんについて記したいと思います。
2006年2月、市役所で課長を務めていた中村さん(当時、56歳)は、スーパーでカップめんとチョコレートを万引きしたとして現行犯逮捕されました。それから2週間余りで38年務めてきた職場を懲戒免職。その後に、前頭側頭型認知症(ピック病)と診断されました。
それからの軌跡が、本『ぼくが前を向いて歩く理由』につづられています。冒頭の一部を紹介させていただきます。

事件から約一年が経った二〇〇七年二月、朝日新聞に成信さんの記事が掲載され、前頭側頭型認知症が広く知られるきっかけとなりました。若年期にも認知症があることや、前頭側頭型認知症というアルツハイマー病とは異なる認知症疾患があることが知られて、医療機関や警察が軽犯罪の対応に慎重になった現実はよかったことかもしれません。【中村成信 『ぼくが前を向いて歩く理由―事件、ピック病を超えて、いまを生きる』 中央法規, 2011, p1-3】

『ぼくが前を歩いて歩く理由』

では本日のクイズの正解をご紹介します。
国立病院機構菊池病院の木村武実臨床研究部長が著書において、40歳以上の万引きについて言及しており、そこに答えが書いてあります。

働き盛りの50代の方が、ピック病という変性疾患による万引きのために職場を追われ、社会的な信用も失っています。40代以上の万引きの20%はピック病が原因といわれています。したがって、中年以降の方でまじめに働いてきた人が万引きをした場合は、一度はピック病を疑ってください。【木村武実『BPSD─症例から学ぶ治療戦略』 フジメディカル出版, 2012, p122】
『認知症 症例から学ぶ治療戦略 BPSDへの対応を中心に』
書影は改訂版

犯罪者という烙印(らくいん)を安易に押すことなく、一度は病気が原因なのではと疑ってみることが重要であると木村武実さんは指摘しています。私もそのように強く思います。

最後に、前頭側頭型認知症についてもっと知りたいという方のために、参考になる図書を2冊ご紹介して、本稿を締めくくります。
『コウノメソッドでみる急速進行型認知症』(河野和彦,日本医事新報社, 2020)
においては、前頭側頭型認知症だけでなく、認知症と発達障害との見分け方などに関しても言及されており、河野和彦先生の鋭い診断力の一端に触れることができます。同じく河野先生が監修された『ぜんぶわかる認知症の事典』(監修:河野和彦,成美堂出版, 2016)は、とっても分かりやすくかつ詳細に認知症全般について書かれており、ややもすると理解しにくい前頭側頭型認知症についての理解が深まると思います。

〈注1〉長年、前頭側頭型認知症の別名としてピック病という臨床診断名が幅広く用いられていました。しかし、近年、研究が進んだこともあり、現在は、前頭側頭型認知症のうち、脳の神経細胞に「ピック球」と呼ばれるものがあるものをピック病と診断することになっています。ただし、今回の記事で過去の著作を紹介する際には、当時の用法のままで引用しています。ご了承ください。
〈注2〉また、本文中で、「万引き」という表現をしましたが、ピック病が原因の万引きは、「悪意のない持ち去り行為」という表現が妥当ではないかと筆者は考えております。なかなか良い呼称がないのが現状ですが「未払い行動」と呼ぼうという動きもあるようです。

この記事をシェアする

この連載について

認知症とともにあるウェブメディア