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第6回「共に生きる」認知症を考えるオンラインセミナー~“Talk with”みんなで話そう~

オンラインセミナーの登壇者。後列左から=大石智氏、鈴木森夫・認知症の人と家族の会代表理事、町永俊雄氏、遠藤健・SOMOケア代表取締役会長、遠藤祐子氏、前列左から=佐藤洋平氏、さとうみき氏
オンラインセミナーの登壇者。後列左から=大石智氏、鈴木森夫・認知症の人と家族の会代表理事、町永俊雄氏、遠藤健・SOMOケア代表取締役会長、遠藤祐子氏、前列左から=佐藤洋平氏、さとうみき氏

9月がアルツハイマー月間であることにちなみ、第6回『「共に生きる」認知症を考えるオンラインセミナー~“Talk with”みんなで話そう~』が同月23日に開催されました。認知症が自分や大切な人の現実となったとき、また現実になるかもしれないと思ったとき、私たちは、最初にどんな言葉を伝えればいいのでしょうか。認知症にまつわる言葉や態度のあり方について考えるオンラインセミナーから、専門医の基調講演と、若年性認知症の当事者を交えて行われたパネルディスカッションの様子をご紹介します。

◆基調講演「認知症のある人と向き合う態度と言葉のヒント」

 大石智(おおいし・さとる)氏
 北里大学医学部精神科学 講師
 北里大学病院 相模原市認知症疾患医療センター長

認知症を心配している人、認知症のある人が教えてくれたこと

これより「認知症のある人と向き合う態度と言葉のヒント」というテーマでお話をしたいと思います。外来で認知症のある人を診療をしていると、いろいろなことを教えていただきます。例えば薬の効果がなく、進行を心配されて来院される方がいれば、薬の有効性の限界や副作用の課題について、医師から十分に説明があったのだろうかと思います。また、(認知機能を評価する)スクリーニングテストについて、子どもじみたクイズに答えさせられて悔しいという方や、画像検査のたびに脳萎縮が進んでいると言われて悲しくなるという方、認知症だから休職だ、運転するなと言われ、馬鹿にするなと怒ったら薬を増やされたという方がいます。こういった方々の言葉を耳にすると、医師の態度や言葉は、認知症のある人の期待を裏切っているのかもしれない。恥の意識を強めたり、悲しみを与えたり、自尊心を傷つけて怒りを生み出す理由になっているのかもしれないと思います。

大石智氏
大石智氏

研修に参加した医師が教えてくれたこと

認知症普及啓発活動がすすめられ、かかりつけ医を対象に研修も盛んに行われていますが、参加している医師から「薬に限界があるというけれども、薬を処方しないで何をしたらいいのでしょうか?」と質問されることがよくあります。思いに耳を傾けたり、悔しさに共感したり、できることはたくさんあると思いますが、このような質問から医師は認知症のある人の心を傷つけていることに気付いていない可能性がある、望ましい態度と言葉に無知で、無知なことに気づいていない可能性があると思います。

診察室に来た家族やケアする人が教えてくれたこと

介護施設での訪問診療をする中で「夜になると落ち着かなくなって怒りっぽくなる。ニンチ(認知)が進んでいるので薬を出してください」と介護職員の方に言われます。“落ち着かない、怒りっぽい=認知症の症状”ととらえているのではないかと疑問を抱かざるをえません。診察すると、実際には、せん妄状態という意識障害による行動上の変化であることが分かる場合もあります。ニンチという言葉が誤解を生んでいないかと気になります。
また、「帰宅願望が出てきたので、お薬をお願いします」と言われることもあります。「帰宅願望」とは、施設にいながら家に帰りたいと言う精神症状とされていますが、説明を十分受けずに入所したとしたら帰りたくなるのは当然で、精神症状とはいえません。こういった四文字熟語に矮小(わいしょう)化することで、あたかも専門用語のように思わせてしまう。そうすると、わかった気にさせてしまい、認知症のある人の心情を想像する努力や、変化の理由を考える努力を奪ってしまいかねません。

教科書が教えてくれる言葉の違和感

医療や介護の支援者のみなさんは、資格の学習に教科書を使います。問題意識を持って教科書を開くと、このような言葉を目にします。

【教科書にあふれる言葉たち】過度に医療化を促進しているのではないだろうか? 認知症のある人が見たらどう思うだろうか? ■BPSD 認知症の行動障害・心理状態、■徘徊 易怒性 人格変化、■拒食 拒薬 弄便 いくつかの言葉たちは、医療化を促していないだろうか 有効性の乏しい処方を増やす可能性 認知症のある人の心を傷つける可能性

例えば「易怒(いど)性」。理解できる怒りの理由があるのに、脳の病気による症状だとしてしまうことで、医療化、つまり薬物療法など医療的な治療は必要ないのに、必要だとする状況を促していないかと気になります。結果的に有効性が乏しい薬物療法を増やしてしまうかもしれません。こういった言葉に認知症のある人はどんな思いを抱くか。想像力を働かせる必要があると思います。

私の中の認知症へのスティグマ

言葉や態度について考えていくと、自分の中にもネガティブな決めつけや、マイナスの烙印(らくいん)と呼ばれる「スティグマ」があるのではないかと自省します。私の中には、“認知症のある人は思い出せないに違いない”というスティグマがありました。医師には、精度の高い診断をしたいという欲求があります。そうすると、正確な情報は認知症のある人からは導き出せないという思い込みから、結果的に、本人ではなく、家族とばかり向き合うことになってしまいます。こういった態度から生まれる言葉は、本人の心情を想像しないものであり、本人を傷つけます。本人の語りは引き出されず、本人中心のケアにならない。自身のスティグマを自覚し、本人との対話を重視する。そうすると、医師の言葉や態度は望ましいものになると思います。

【本人との対話を重視する態度】本人の心を想像し生まれる言葉 「最近どうですか」のような苦手な問いは生まれない 今に着目する言葉が生まれる 豊かな対話ができることを同席した家族も知ることができる

ケアの目標と態度・言葉の関係

認知症疾患医療センターに長くいると、いろいろなことを考えます。診断以降の過程で医学は無力だと。そのような状況で、ケアの目標とは何か。認知症がある人が安心して暮らせることだと思います。暮らす場所や人が、安心できるものになることが重要だと思います。街をつくるのは人です。街を構成する人が、望ましい態度や言葉を備えることができたら——。認知症フレンドリー・コミュニティーを目指す上でも、態度や言葉をあらゆる人が共有することが大事だと考えます。

街を構成するあらゆる人が、望ましい態度、言葉を備えることは、認知症のある人が、安心して暮らせる街を作るために必要なことと言えるのでは

認知症にまつわる言葉のガイドラインが教えてくれること

様々な国の認知症にまつわる言葉のガイドラインがインターネットで公開されています。各国の序文をご紹介します。

オーストラリアは、言葉は認知症のある人の幸福感に影響し、誤用すると否定的な認識をひろげてスティグマや差別を生み出しかねないとしています。重要なのは、「正確さ」「尊重」「包摂性」「力づけること」「固定観念を強化しないこと」としています。

イギリスは、ポジティブな言葉を使うことで、社会が認知症のある人をどのように見てどのように関わるかを変えることができるとしています。ガイドラインに従うことで、認知症のある人の生活能力が向上し、社会に持続的な変化をもたらすことができる。言葉にはそういった力があると訴えています。

カナダは、認知症への恐れを減らすには本人中心の言葉を使うことが重要で、恐れを減らすことで認め、学び、議論することができるようになるとしています。また意識的に言葉を選ぶことによって、レッテルを貼ることや、専門用語で片付けることを避けることができるとも記しています。

アイルランドは、コンパクトな構成です。「言葉はパワフルである」「エンパワメントする言葉を使おう」「最初に人を見よう」「スティグマは私たちが使う言葉を介して強まることがある」としています。

言葉には力がある。けれども、差別、偏見、スティグマを強化しかねない。ここが重要なポイントだと思います。

【望ましくなるために】■認知症のある人の心を想像できる人を増やす 認知症のある人が語る場を増やす 幼稚園・保育園とつながる公教育保険科目にもりこむ 様々なメディアからの発信 ■言葉の指針を作るならば、認知症のある人が参画する ■政策の立案、様々な研究に認知症のある人が参画する

世界の潮流を踏まえて、さらに望ましくなるためにはどうしたらいいのか。認知症のある人の心を想像すること。わからないことがあると自覚し、わかった気にならないこと。認知症のある人から教えてもらう姿勢を忘れないこと。認知症と共に生きる勇気を尊敬する態度が、語りを引き出す方向につながると思います。また、省略語、専門用語を避け、正確に表現することも重要だと思います。
また、認知症のある人の心を想像できる人や、語る場を増やすことも大事です。そのために、幼稚園・保育園とつながったり、公教育での保健科目に盛り込んだりしてもいいと思います。様々なメディアから認知症のある人の体験が語られ、発信されるといいなとも思いますし、言葉のガイドラインを作るならば、認知症のある人が参画することも重要だと思います。さらに、ガイドラインを作るだけではなく、影響力のある言葉で様々な領域の方に働きかけ、言葉を発信することが重要だと思います。

【共有したいこと】■なぜ態度と言葉に着目するのか ■ケアの目標と態度・言葉の関係 ■態度と言葉にまつわる世界の流れ ■態度と言葉が望ましくなるために

パネルディスカッション「Talk with」最初のひとこと

(右から)町永俊雄氏、さとうみき氏、佐藤洋平氏、大石智氏、遠藤祐子氏
(右から)町永俊雄氏、さとうみき氏、佐藤洋平氏、大石智氏、遠藤祐子氏
 
パネルディスカッション「Talk with」最初のひとこと 若年性認知症ご当事者:さとうみき氏 さとうみき氏の夫:佐藤洋平氏 北里大学医学部精神科学 講師、北里大学病院 相模原市認知症疾患医療センター長:大石智氏 一般財団法人竹田健康財団 認知症専門デイサービスOASIS室長:遠藤祐子氏 ファシリテーター/福祉ジャーナリスト:町永俊雄氏

町永 本日は、認知症について、「ご本人やご家族が認知症かもと思った時」「診断直後の戸惑いの時期」「認知症であることを受け入れて、認知症と共にある人生へと踏み出した時期」という3つのステージに分けて、パネリストのみなさんと語り合っていこうと思います。

【テーマ1:「認知症かも?」と思ったとき〜さとうみきさんのエピソード〜】ひとり息子の子育ても一段落しつつあった2018年秋、若年性認知症について描いたテレビドラマを見て、「もしかして、自分も認知症かも?」と思い始める。写真は、診断前。友だちがサプライズで誕生日ランチ会を開いてくれたときの一場面

町永 みきさんは、2018年の秋、認知症を扱ったテレビドラマを見て、ひょっとしたらと思ったそうですね。すぐに認知症を疑いましたか?

みき 更年期か、疲れているからかな?としか考えませんでした。ただ、家の点検の約束を忘れていて、以前なら約束したという記憶は戻ったのですが、その記憶が丸ごと抜けているというようなことが重なっていて…。

町永 そうした不安を洋平さんに話しましたか?

みき 「もの忘れ外来」の受診を決めてから話しました。反応は、「えっ?」という感じでした。

町永 洋平さんは医療者でいらっしゃいます。相談を受けて、どうでしたか。

洋平 「えっ?本当に受診するの?」という思いが大きかったです。そこまで深刻に捉えていなかったので。

みき 「予約した」と言った時も、2人とも切迫感はありませんでした。

町永 気にされないと、ほっとする部分もあるし、逆に心配されちゃうと、不安が膨らんでしまう。このあたり、事前に視聴者のみなさんからいただいた質問も踏まえて進めたいと思います。

【事前にいただいた質問1】もの忘れの自覚がある母が『阿呆(あほ)になってしもた・・・』と嘆くので、「そうなん・・・困ったな。それでも、代わりに私が覚えておくから大丈夫やで」と答えています。その応対でいいのでしょうか?
【事前にいただいた質問2】『認知症の人に対して否定しない』ということは分かっているのだが、こちらに気持ちの余裕がない時は口調が強くなってイライラをぶつけてしまいます。対応するコツはありますか?

大石 最初の質問ですが、もの忘れの自覚のあるお母様の嘆きに対し、代弁している、低下した認知機能を補うから大丈夫だよという姿勢で向き合っているのは、とてもいいと思います。お母様の思いをもうちょっと掘り下げて、「阿呆になってしもた」という言葉をテーマに、対話ができると、よりよいと思います。
二つ目ですが、たしかに認知症のある人に対して、否定しないことは大事です。しかし、忙しかったり、余裕がなかったりした時に、イライラをぶつけてしまうことは当然あるでしょう。こうした対応は、言葉の応酬となり、本人のいら立ちや怒りが高まってしまうことがあります。日頃から認知症のある人の思いを想像したり、こういうセミナーを聞いたりして、想像力を働かせると、多少余裕がなくても望ましい対応が生まれやすいと思います。

【事前にいただいた質問3】母親が『不安で、何がなんだか分からない』と言う。何かと問いただしても何も言いません。自分の言いたいことを言えなくなるのも認知症の影響なのでしょうか?

みき 私も疲労が重なると、自分の言いたい言葉が、頭の中では整列しているのですが、その言葉を声に出すのが難しいことがあります。

町永 伝えられないのは、つらいですね。最初に認知症かもと思った時、ご本人が感じているのは形のない不安なんですね。これをどう受けとめるかはとても難しい。どういう気持ちなのかを考えることから、最初にかけるべき一言が浮かぶのかもしれません。

【テーマ2:診断直後の戸惑いの時期〜さとうみきさんのエピソード〜】2018年の年末ごろ、近くの「もの忘れ外来」を受診することを決意。クリニックには一人で行った 2019年1月、若年性アルツハイマー型認知症の診断を受ける。医師から診断結果を聞く際には、夫の洋平さんも同席した 写真は、診断後に行った鎌倉散策。気持ちが低下していたため、なるべく外にと夫が連れ出してくれた。

町永 次は「診断直後の戸惑いの時期」です。みきさんは、2018年の年末頃、近くの「もの忘れ外来」に一人で行き、後日診断は洋平さんと聞いたとのことですが診断直後の思いはどのようなものでしたか?

みき 私の人生は終わったと。同時に、一人息子と忙しい夫に、ごめんなさいという気持ちがあふれてくる感じでした。ひたすらあやまった記憶があります。

洋平 正直、言葉は出てこなかったですね。医師の先生の「認知症です」という言葉は間違いなく聞いて、私も職業上、検査結果を理解できましたが、かける言葉は思いつきませんでした。「大丈夫」とは軽々しく言えないですし、どう言葉をかけていいのか、わからなかったですね。でも、「どういう状態でも支えるから安心してね」ということは伝えたかったので、ひざをたたいたのです。

みき 「大丈夫、大丈夫」というように、私のひざをぽんぽんとしてくれて。でも、私が「ごめんね……」って振り向いた時、MRIの画像を見ながら医師の先生の説明を聞いている夫の横顔が、寂しげに見えたことを鮮明に覚えています。

町永 とても心にしみますね。

(左から)佐藤洋平氏、さとうみき氏
(左から)佐藤洋平氏、さとうみき氏

大石 洋平さんの態度が、望ましいものだったのでしょう。精神科医の土居健郎先生が、無言のうちに察することが精神療法の極意であると記述していらした。それは、その人の思いを想像することで生まれる態度が望ましいものだとおっしゃっているのだと思います。

町永 遠藤さん、いかがですか。

遠藤 相手がどう思っているのか、どう感じるのかと考えた時、自然に出てくる反応が介護の場でもたくさんあります。

町永 診断結果は、みきさんにとっても洋平さんにとってもショックだったと思います。

洋平 たしかに言われた時はショックでした。ただ、認知症と言われた瞬間に、本人が変わるわけではないので、態度をガラッと変えるのはいかがなものかと思い、あまり変えずに過ごしていたと思います。

町永 若年性認知症の人は、最初に異変を感じた時や診断を受けた時、インターネットや本などで“進行が早い”とだけ一括りにするような情報を見て、ショックを受けるわけですが、このような情報はどう考えればよいですか。

大石智氏
大石智氏

大石 若年で発症されても、認知症の原因疾患によって、様々な経過があります。若年性認知症という言葉もそういう疾患があるかのように思われてしまいがちですが、原因疾患ごとに異なる経過があります。原因疾患が同じでも、経過は多様で、得意なことや苦手なことも様々です。悲観的なメッセージを強調する情報は、見直す必要があると思います。

町永 大石さんが今おっしゃった、認知症という病名があるわけではないということも、知っておくことが必要かもしれません。あくまでも原因疾患は別で、症状ですからね。認知症と診断を受けた時、多くの人が、昨日の自分と今日の自分が、ガラッと変わってしまうようですが、みきさんはいかがでしたか?

みき ガラリと変わってしまい、ネガティブな情報から抜け出せず、自室にこもる生活が半年ほど続きました。「家族に負担をかけたくない」「できないことが増えていく自分を見せたくない」ということばかり考えていました。

町永 診断を受けた本人は、自己スティグマと言いますが、自分で自分にスティグマを埋めこんでしまう。つらいのは、身近にいる人だと思うのですが、洋平さん、みきさんはいかがでしたか。

洋平 今までわりと外へ出るのが好きで、休みの日にドライブや旅行に行っていたのですが、出たがらなくなりました。

町永 その時、外へ行こうよ、と声をかけたくなりませんでしたか?

洋平 助手席で寝ているだけでいいから出かけようと連れ出したこともありますが、自己満足だったかもしれません。

町永 みきさん、それでもいいですよね。

みき そうですね。日帰り温泉などに連れて行ってくれたので、気分転換になりました。

町永俊雄氏
町永俊雄氏

町永 診断を受けた多くの人が、長い期間、絶望感や不安感の中に落ち込んでしまう。大石さん、どう考えたらいいでしょう。

大石 二つの視点があると思いますが、一つは診断後、悲嘆にくれて落ち込む状況が長いと、ご本人のウェルビーイングも落ちてしまうことになりかねない。身体的な機能も落ちかねないので、活動量を増やしたり、楽しく感じられる時間を増やしたりするのは大事です。もう一つは、なぜ診断後、悲嘆にくれて落ち込みやすくなるのか。それは、スティグマが強まるからで、社会の中にあるスティグマが強いからこそ、自己スティグマも強まりやすくなる。アンチスティグマにつながるような取り組み、世の中にあふれている情報をどう変えたらいいのか、その視点も大事だと思います。

町永 医療が不安にどう向きあうのかが課題で、医療者の間でも、社会の中で人とのつながりを増やしていく「社会的処方」ということが言われています。どのように地域社会とのつながりを築いていくのかなど、大石さんはどのようにお考えですか。

大石 社会的な処方という取り組みは、もっと広まっていっていいと思います。認知症のある人も加わり、その思いが生かされていくようにしないと、計画倒れになりかねないと思います。

町永 診断後に不安の中に閉じ込められてしまった人とのコミュニケーションのあり方についても多くの質問をいただきました。

【事前にいただいた質問4】認知症の初期段階の母。進行を遅らせるためにも、支援センターなどに連れていきたく、本人に自覚してもらおうと『同じ話を繰り返している』といった現実を伝えたところ、不安感を与えてしまった。本人に自覚させることは正しいのでしょうか?

町永 遠藤さん、いかがですか。

遠藤 なぜ認知症だけがクローズアップされるのかなと思います。お母さんは、ひざが痛かったり、腰が痛かったりもされていると思うのですが、なぜ認知症だけ自覚しなさいと言われるのか。私は自覚してもらうことは、あまり必要ないと思います。

【事前にいただいた質問5】父の認知症を受け入れられない母が、父を試すような物言いをしたり、叱責したりします。母も大変な思いをしながら父の介護をしています。どうしたらいいでしょうか?

遠藤 両親の間に子どもが入っていいのかなという思いと、自分も参加したいけれど、物理的に難しいということが背景にあると考えます。こういう時は、心配だけして、コミュニケーションが途絶えていることが多いと思いますが、最近は、スマホでできるコミュニケーションツールもあります。

町永 どのようなものですか。

遠藤 子どもが知っているのは、ご両親の一部だと思います。時には2人だけの楽しい時間もあるはずです。それをちょっとのぞくことができたらいいのかなと。うちのデイサービスでは「ケアエール」というアプリを積極的に取り入れています。元気な姿や表情を家族に発信できるので、そういうツールを使えばいいのかなと。

町永 家族だけではなくて、ケアの専門職や医療者、地域の仲間などに広がっていく可能性があるということですね。ケアエールというアプリについては、URLをご紹介しますので、ご活用いただければと思います。

※ケアエールの詳細についてはこちらをご参照ください。https://careyell.com/

【テーマ3:認知症とともにある人生へと踏み出した時期〜さとうみきさんのエピソード〜】若年性認知症当事者の先輩、丹野智文さんとの出会い “はたらく”を通じて新しい人生の選択肢を提供するデイサービス「DAYS BLG! はちおうじ」との出会い 当事者による相談窓口「おれんじドア はちおうじ」の活動 写真は、当事者スタッフとして働く「DAYS BLG! はちおうじ」での様子や、八王子市や地域包括支援センターの力添えを受けて、2021年3月からスタートさせた、ピアサポート活動「おれんじドア はちおうじ」での様子

町永 いよいよ第3のステージです。みきさんの場合、大きな転機は、同じ若年性認知症の当事者、仙台の丹野智文さんとの出会いです。この出会いを通じて、ご本人を主体とした次世代型のデイサービス「DAYS BLG! はちおうじ」と、当事者による窓口「おれんじドア はちおうじ」で活躍されています。はつらつとした当事者との出会いは大きいですか。

みき とても大きかったです。診断を受けたご本人が、どうしているのか、すごくお会いしたい気持ちがありました。

町永 全国をかけまわる丹野智文さんに出会った時の印象はどうでした?

みき 笑顔で明るく、初めてお会いするのに、私がうつ的な状況もあってノーメイクだったのですが、「お化粧しなよ」と言ってくださいました。

町永 丹野さんのざっくばらんな物言いが、大きな力で当事者を励ましたんですね。妻であり母であり、一人の女性だということをみきさん自身に取り戻させるような、そんな力がありますよね。今は、当事者の方々と活動していますが、みなさんどのような感じなのでしょうか。

みき 最初に来た時は、みなさん緊張されて、口数が少ないのですが、他愛もない話からリラックスして、心を開いてくださる瞬間があります。その時から心を通わせる時間が流れ、帰る時はご本人もご家族もほっとして、肩の力が抜けたような姿になるのが印象的です。

町永 おれんじドアは、当事者と話をするだけなんですよね。黙っている人もポツリポツリと口を開いて、いろんな話をして、それが回復につながっていく。

みき 初回よりも2回目、2回目よりも3回目というように、少しずつ変化していく様子が見られてうれしいですね。

町永 悩みや不安も、当事者同士なら、通じるところがあるのかもしれません。今のみきさんはずいぶん変わられた印象でしょうか。

洋平 社会的にも今が一番アクティブかもしれません。

大石 認知症だからという先入観がもたらす影響はすごく大きいなと改めて思いました。診断があったとしても、それまでと変わらないその人自身を認識することの重要性を感じました。そして、当事者が、ただ耳を傾けて聞いてくれる、そうした姿勢や態度があるからこそ、診断直後の人の思いも、癒やされていくのかなと思いました。当事者が活躍できる場が、広がっていくといいなと感じています。

町永 地域社会の中では、認知症の人はいまや、社会モデルからコミュニティーモデルにまで広がっていると思います。遠藤さん、どう取り組まれていますか。

遠藤祐子氏
遠藤祐子氏

遠藤 当事者一人ひとりに、なにを実現していきたいかという「希望プラン」を描いていただき、地域に帰ってから「やりたいこと」「できること」をいっしょに考え、実践しています。

町永 今、官民共同で認知症バリアフリー宣言といって、各企業が宣言をすると、ロゴマークが付与されます。いろいろなかたちで、社会全体が大きく変わりつつありますが、私は最後に残るのは、それぞれの心のバリアーだと思うんです。それをどうやって検討し、直すかの提言も含めて、最後に伺いたいと思います。

遠藤 そろそろ認知症という冠は、はずしていいと思います。先日も、年をとるから認知症になるのに、なぜ認知症高齢者って言うんですかと質問を受け、それもそうだなと。年をとるとみんななるということが、だいぶわかってきたので。

洋平 おれんじドアのような当事者による相談窓口が、もっと盛んになればいいなと思いますし、そういう場所で妻が活動できていることをうれしく思います。自分自身の職場での対応も変わったように思います。

みき 当事者の声を大切にしてほしいと改めて感じました。話に共感し、対話をする。専門職に限らず、家族とも対話を重ねて欲しいと感じています。私自身も家族といろいろなことに備え、対話を重ねています。

町永 みきさんは今度本をお出しになるそうですね。

みき 12月に岩波書店から、『認知症のわたしから、10代のあなたへ』を出版します。

さとうみきさん初めての著書! 岩波ジュニアスタートブックス『認知症のわたしから、10代のあなたへ』さとうみき著 岩民書店より刊行 12月9日発売予定 本体価格1,450円+税 イラスト:さとうみき

町永 認知症を語るということは、私たちのそれぞれの生き方を語ることであり、社会のあり方を語ることだと思います。

大石 認知症をなんとかするのではなく、認知症のある人が安心して暮らせる社会へと変えていくためには、医学モデルから社会モデルや生活モデルへの転換が必要だと再確認できました。社会が変わって、認知機能が低下しても支障が生まれなければ、認知症ではありません。もっと社会が変わり、認知症のある人が暮らしやすくなっていくためには、認知症のある人の思いを想像できる人が増えていく必要がありますし、体験を語りやすくしていく状況が必要です。みきさんの本などをきっかけに、子どもたちが認知症のある人の思いに理解を深めていくことができれば、未来の社会は期待できるのかなと感じました。

町永 認知症を考えることは、社会がどうあるべきかを考えることです。認知症のある人が、最初に出会う人がいつも介護者や支援者であるのが現状ですが、そうした方が最初に出会いたいのは、一番の理解者です。そういう社会になればいいなと考えながら、お話を伺ってきました。みなさんにも、ぜひ、最初にかけるべき言葉について考えていただければと思います。

SOMPOグループが取り組んでいる『“Talk with” 話そう。認知症のこと。』は、
こちらの公式サイトで詳細を確認いただけます。

さとうみき
1975年生まれ。秘書として働いた後、結婚・出産。東京都内で夫と息子・おい・犬とともに暮らす。2019年に若年性アルツハイマー型認知症と診断を受け、認知症と葛藤する日々を経て、現在はDAYS BLG!はちおうじで当事者スタッフとして働きながら、おれんじドアはちおうじ代表を務める。ピアサポート活動、講演会などを通して認知症に関する普及啓発活動を行っている。
大石智(おおいし・さとる)
北里大学医学部精神科学講師、北里大学病院 相模原市認知症疾患医療センター長。医師、博士(医学)。駒木野病院精神科、北里大学医学部精神科学助教を経て、2019年から現職。著書に『認知症のある人と向き合う——診察室の対話から思いをひきだすヒント』(新興医学出版社)『教員のメンタルヘルス——先生のこころが壊れないためのヒント』(大修館書店)。
遠藤祐子(えんどう・ゆうこ)
一般財団法人竹田健康財団 認知症専門デイサービスOASIS室長、介護福祉士、社会福祉士、認知症介護指導者研修修了、認知症ケア上級専門士。デイサービスにいる孤独な老人を見て、「認知症」が気になり認知心理学を学び、その後、認知症対応型施設に勤務。最近では、コロナ禍において認知症の人や家族、支援者が地域社会から孤立しないように、オンライン認知症カフェ「月とほしカフェ」を仲間と共に立ち上げる。
町永俊雄(まちなが・としお)
福祉ジャーナリスト。1971年NHK入局。「おはようジャーナル」「ETV特集」「NHKスペシャル」などのキャスターとして、経済、教育、福祉などの情報番組を担当。2004年から「NHK福祉ネットワーク」キャスター。障がい、医療、うつ、認知症、介護、社会保障などの現代の福祉をテーマとしてきた。現在はフリーの福祉ジャーナリストとして、地域福祉、共生社会のあり方をめぐり執筆を行う。

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