治る認知症と、認知症を疑った時のポイントを専門家が徹底解説

治る認知症と治療

「治る認知症」があるのをご存じでしょうか。認知症かもしれないと感じたら、まず何から始めますか? テスト? 病院探し? 薬の効果はあるのかどうか……認知症の基本知識や備え方、受診や治療の際の注意点などについて、東京大学大学院・老年病学教授の秋下雅弘先生に伺いました。

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治る認知症と、認知症を疑った時のポイントについて解説してくれるのは……

秋下雅弘医師
秋下雅弘(あきした・まさひろ)医師
東京大学大学院医学系研究科 老年病学・教授
東京大学医学部附属病院 老年病科・科長
1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、スタンフォード大学研究員、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部高齢医学講師、同助教授、東京大学助教授、准教授を経て、2013年東京大学教授。日本老年医学会理事長、日本老年薬学会代表理事。

早期受診・早期診断と「治る認知症」

認知症は「早期受診・早期診断が大切」といわれます。しかしその“大切”とは、「早期に抗認知症薬などを使った薬物療法を始めましょう」という意味ではありません。早期に必要なのは薬以外の非薬物的な対応、つまり、「生活しやすくすることを目指すケア」であることを強調しておきます。

また、早期のうちに適切に治療をすれば、治る認知症もあります。代表的なものに、手術で治る「正常圧水頭症」や「慢性硬膜下血腫」、服薬で治る「甲状腺機能低下症」や「ビタミンB12欠乏症」などがあります。しかし、気づかずに長年放置していると病状が進行してしまい、本来治るはずだった認知症も治りにくくなることがあります。

だからこそ「認知症かな」と感じたら、なるべく早期受診・早期診断をしたうえで、治療方針を決めていくことが大切なのです。

 【代表的な治る認知症】 ⚫️手術で治る「正常圧水頭症」原因:髄液が循環せず、脳室に停滞して脳を圧迫する、症状:①歩行障害②認知症③尿失禁、治療:治療髄液を外(腹腔や心房など)へ逃がすシャント術を行う 「慢性硬膜下血腫」原因:頭部打撲等で脳に血腫ができる、症状:打撲の1~3カ月後から認知症などの症状が出る、治療:穿頭してドレナージ術を行う ⚫️投薬で治る「甲状腺機能低下症」原因:甲状腺の機能低下、症状:認知症。表情が乏しく顔が腫れぼったい感じの女性に多い、治療:甲状腺ホルモン薬の服用・ヨードの摂取制限 「ビタミンB12欠乏症」原因:胃を全摘して約4年後または悪性貧血、治療:いずれもビタミンB12の静脈注射(年4回以上)

このほかにも、薬が原因で発症する「認知障害」という症状があります。別の病気の治療のために飲んでいた薬が影響して認知機能が低下した状態なので、認知機能に影響が少ない薬に変えると改善することが少なくありません。ただ、治る認知症にしても薬剤性の認知障害にしても脳が老化している場合が多く、悪影響を及ぼしていた原因を取り除いても、時が経つと再び悪化する人が多いのも現実です。

認知症を疑ったら何科を受診すればいい?

病院は一般的に内科、外科、整形外科など、専門とする病気ごとに科が分かれています。私がいる老年病科は、認知症などの脳の病気だけでなく、高齢者によく見られる全身のさまざまな病気を一括して診察することができる科です。「認知症がご心配でしたら、まずは老年科もしくは老年内科を受診してください」とお伝えしたいところですが、残念ながらこの科は全国にそう多くありません。一般的には、「脳神経内科」または「精神神経科」を受診されることが多いです。両科は、

  • 脳神経内科(昔の神経内科)……脳の病気が専門
  • 精神神経科(昔の精神科)……行動に関する困り事が専門

という違いがあります。つまり、認知症の中核症状である記憶障害などを治療したいと考えているご家族は脳神経内科、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)を治療したいと考えているご家族は精神神経科が近道です。

ただし、認知症はそれぞれの医療機関で担当する科が異なることが少なくありません。「何科に行こう」と決めて行くのではなく、「そちらの病院では認知症をどの科で診ていますか?」と、あらかじめ確認するといいでしょう。
認知症という病名を看板に掲げることで本人が身構えてしまう場合があるため、ハードルを下げる工夫として「もの忘れ外来」や、それを英語にした「メモリー・クリニック」などと表記している医療機関もあります。そこを受診してもいいですね。実際の診察にあたるのは神経内科や精神科、老年科など、認知症を専門的に診ることができる医師です。

 「うつ、不安、暴力/精神神経科、もの忘れ、どこにいるの分からない/脳神経内科」

受診の際に気を付けたいポイント

認知症で受診をする際は、必ず家族が付き添うようにしてください。また、付き添いの家族は必ず、ご本人の生活をよく知る人にしてください。

よくあるのが、「大きな病院まで行くのは大変だろう」と心配して、遠くで暮らしているお子さんがわざわざ駆けつけて来院するケースです。医師から普段の食事の様子を聞かれて、「すみません、私は普段の様子はわかりません」ということが意外と多いのです。
もちろんお子さんが付き添うのは素晴らしいことですが、その場合は配偶者や、頻繁に出入りしているお子さんなども一緒に付き添って、医師に「普段はこうしていて、ここに困っています」と具体的に話していただけると、正確な診療ができます。

認知症の治療を始めるにあたって大切なのは、今あるご本人の困り事に対して環境を調整して、より暮らしやすい状態を作り上げていくことです。たとえば、薬がちゃんと飲めないとか、食事に関する問題があるとか、孤立しているなどといった複数の問題があるとしたら、治療の中でどういう介護サービスにつないでいくかも考える必要があります。ご家族にはぜひ、そのための情報を持ってきてもらいたいのです。

【認知症の診療の際にあると便利な情報】

・認知症を疑うような症状が出たときの様子を書いた家族のメモ
・介護保険を受給しているなら要介護度や、受けている介護サービスがわかる手帳類
・どういう病気があってどういう薬を飲んでいるかという医療情報

認知症の人の多くは、高齢により同時に別の病気も抱えています。そのため認知症の初診の際には、かかりつけ医に医療情報が入った紹介状(診療情報提供書)を書いてもらい持って行くと、診察がスムーズです。また、直近の健康診断の検査値やお薬手帳を持っていくとよりスムーズになります。
私は、認知症の初診に1時間程度かけています。認知症の人への問診は丁寧に行う必要があるので、より正確に行うために、付き添ってこられるご家族の情報はとても大切なのです。

認知症を予防することはできる?

厚生労働省が発表した認知症の推計値(予想される数)では、2012年時点で462万人の認知症患者がいて、それが2025年には700万人になると発表されています。こうしたニュースを見て、「高齢になったら、自分や配偶者も認知症になることは避けられないのではないか」などと心配になった人もいたのではないでしょうか。

少し前までは、「8つのリスク」を避けることで認知症の予防になるといわれていました。8つのリスクとは、「糖尿病」「高血圧」「アルコール」「脂質異常症」「脳梗塞」「頭部外傷」「喫煙」「うつ病」の8項目でした。しかし今ではもっと増えて、認知症のリスクは8つどころではなくなっています。

今、世界的医学雑誌『ランセット』の「認知症予防・介入・ケア委員会」が出したリポートに書かれている項目が、認知症を予防するために気を付けたい項目として、認知症専門医の間で共通認識になっています。
この中には、上記8項目に加えて「アルツハイマー病に関わる遺伝子(アポE e4)」「中学までの教育を受けていないこと」「難聴」「肥満」「運動不足」「社会的孤立」のほかに「大気汚染」まで入っています。こうしたリスク項目が原因で発生した認知症が、認知症全体の35%にのぼるという試算もあります。
大気汚染や遺伝子など自分の努力だけではどうすることもできない項目も含まれていますが、肥満や運動不足など自分の意識で防げる項目もあります。認知症を予防したい人は、せめて防げる項目はなるべく意識して生活できるといいのではないでしょうか。

医学の世界での非薬物療法

認知症の治療には、薬を使う「薬物療法」と、薬を使わない「非薬物療法」があります。
非薬物療法で、すでに科学的効果が実証されているものの一つに「コグニサイズ」があります。コグニサイズとは、運動と認知トレーニング(簡単な計算など)を同時に行う方法です。たとえば、グループでウォーキングをしながら、順番にしりとりをする、などが挙げられます。頭を使いながら運動をすると、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の進行を止められたり、認知機能が改善したりすることがわかっています。

また2015年3月、やはり『ランセット』に発表された「フィンガー試験」という有名な研究があります。これは認知機能低下を防ぐため、「食事療法」「運動」「認知トレーニング」「生活習慣病の適切な管理」を2年間続けた研究で、認知機能改善の効果が実証された非薬物療法として知られています。
認知症の人は、たとえば炭水化物ばかり好んで食べて糖尿病を悪化させたり、塩分を多く取りすぎて血圧が高くなったりなど、食事内容が偏ってしまうことがあります。そのため栄養士の指導でビタミンやミネラルもしっかり取るように食生活を適正化し、そこに運動や認知トレーニングなども複合的に行ったところ、明らかに認知症を改善する効果が出るとわかったのです。

リンゴ、くり フムフム 「ここはこうして」
【主な非薬物療法】方法と期待できる効果/「回想法」古い写真や本を使って過去の経験や出来事を思い出し、話してもらう心理療法。記憶を思い出すことで脳が活性化し、本人が自己を再評価できるメリットがある。また、慣れた生活道具に触れながら思い出話をしてもらうと、本人の意欲が湧く効果も期待できる 「音楽療法」音楽に合わせて歌いながら体を動かし、楽しい時間を過ごしてもらう。周囲とコミュニケーションが取れるようになり、心が和んだり、安定したりする効果が期待できる 「絵画療法」絵を描いたり、立体物を作作ることによって、精神状態の改善を目指す心理療法。通常はグループワークとして行われる。脳の活性化や心が安定する効果が期待できる。このほかにも園芸療法や動物介在療法など、認知症の人を対象とした非薬物療法がいろいろあり、医療機関や介護施設と連携している団体もあります
このほかにも園芸療法や動物介在療法など、認知症の人を対象とした非薬物療法がいろいろあり、医療機関や介護施設と連携している団体もあります

薬物療法で期待できる効果

認知症の薬物療法では、「抗認知症薬」と呼ばれる薬を飲むのが一般的です。期待できる効果としては、大きく2つあります。

1つは認知機能の改善です。抗認知症薬は脳を活性化させることで、物忘れや、自分がどこにいるかわからなくなってしまう、といった症状を改善する効果があります。ただし、これは目に見えてよくなったという例が少なく、もしかしたら本人やご家族はあまり変化を感じられないかもしれません。また、あくまで認知症の症状を改善するはたらきであって、認知症を完治させる薬ではありません。

もう1つ期待できる効果として、うつや怒りっぽさなど、精神的な困りごとの改善があります。たとえば、「アリセプト」(ドネペジル塩酸塩)という抗認知症薬は、うつ状態にある認知症の人が元気になることがあります。実際、認知症になってから家に閉じこもっていた人が、アリセプトを服用したら社会へ出て行けるようになった、という例があります。

逆に、すぐに怒ってしまったり、ソワソワ落ち着かなくて歩き回ったりしてしまう症状でお困りの人には、「メマリー」(メマンチン)という薬を処方すると活動が抑えられて落ち着く傾向があります。

これらはあくまで「認知機能の改善」という抗認知症薬に本来期待される効果の、副次的な効果にすぎません。いずれにしても今のところ、認知症の薬物療法に期待できる効果は、そう大きなものではありません。

薬物療法で気を付けたいポイント

冒頭でも触れましたが、薬によっては認知機能を低下させる「薬剤性の認知機能障害」の原因になっていることもあるので注意が必要です。原因となる薬のタイプは、大きく分けると2種類あります。

1つは「向精神薬」です。これは抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など、精神症状を改善させる薬の総称です。どれも脳の働きを抑える作用があり、認知症に伴って起こる困った行動や言動(行動・心理症状)の治療によく使われます。しかし、困った行動や言動は抑えられても、認知症の主症状であるもの忘れなどは進行してしまうという、諸刃(もろは)の剣のような薬といえます。

もう1つは「抗コリン薬」です。
今、日本で使用されている抗認知症薬は4種類あり、そのうち3種類は記憶に関する脳内物質のアセチルコリンを増やして脳を活発にしようという薬ですが、抗コリン薬はその逆で、脳内のアセチルコリンを抑える「抗コリン作用」があります。
実は、認知症の薬を飲んでいる高齢者の多くに、抗コリン作用のあるほかの病気の治療薬が処方されています。

2015年に出版された『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』は、日本老年医学会が発行したもので誰でも購入できます。ここには「高齢の患者に使用すると認知機能障害(せん妄・認知機能低下・認知症)を起こす可能性がある薬剤」が詳しく書かれています。こうした薬が原因で認知機能が低下しているのであれば、その薬をやめるか、認知機能を落とさない別の薬剤に変える必要があります。老年科など、高齢者の病気を総合的に診ることができる医師に相談できればベストですが、それが難しいならかかりつけ医や薬局の薬剤師さんに相談してみるといいでしょう。

薬は何種まで? 「ポリファーマシー」問題

薬物療法で気を付けたいポイントとして、もう1つ「ポリファーマシー」(多剤併用の弊害)があります。ポリファーマシーとは、たくさんの種類の薬を服用することによって体に起こる弊害のことです。

高齢者の多くは、いくつかの病気を抱えているため、処方される薬の種類も多くなりがちです。海外では5種類以上を飲む場合にポリファーマシーと定義する研究が多く、「避けるべき事態」とされています。日本は諸外国よりも基準が緩いのですが、それでも5~6種類以上の薬を服用することをポリファーマシーの目安と考えるのが妥当だとガイドラインには書かれています。

 【薬の数と副作用による問題発生の頻度】薬の数(種類)

私たちの調査では、高齢者は5種類以上の薬を飲んでいると転倒の発生頻度が高まり、6種類以上の薬を飲んでいると、薬物有害事象の頻度が高まることがわかっています。薬物有害事象とは副作用のことで、薬の効果よりも副作用の心配が上回る状態のことです。
現在、さまざまな病気の治療薬として6種類以上処方されている人は、可能であれば一度老年科などの高齢者の病気を全体的に診察できる科を受診して、薬の処方内容を整理することを検討してみてください。

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