認知症の症状 中核症状と周辺症状(BPSD)
取材/森祐子 イラスト/イケウチ・リリー 編集協力/七七舎
認知症とは、具体的にはどのような症状が出るのでしょうか。そばにいる人も知っておくべき対処法とは何でしょう。まつかげシニアホスピタル副院長であり、認知症疾患医療センター長の水野裕先生にお話を伺いました。
認知症の中核症状と周辺症状(BPSD)について解説してくれるのは……
- 水野裕(みずの・ゆたか)医師
- まつかげシニアホスピタル副院長、認知症疾患医療センター長
認知症介護研究・研修大府センター客員研究員 兼務
静岡県出身。1987年鳥取大学医学部医学科卒業。2001年認知症介護研究・研修大府センター研究部長。04年一宮市立市民病院今伊勢分院老年精神科部長、07年同病院診療部長を経て、08年から社会医療法人杏嶺会いまいせ心療センター診療部長/認知症センター長、10年からまつかげシニアホスピタル副院長/認知症疾患医療センター長。
認知症の2大症状
認知症とは、脳の認知機能が低下している状態のことをいいます。認知機能に関わる神経細胞が徐々に壊されていく病気で、高齢化社会では必ず、誰もが関係することがある病気といえます。
認知症の症状には大きく分けて「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」の2種類があります。
●中核症状……認知症になると現れる症状
●周辺症状……認知症になり本人が困った結果、現れる症状
極端な例え方をすれば、「骨折して痛みがある」という症状は、認知症で考えると中核症状に当たります。一方、「骨折して腕が使えないのが不便で、イライラして妻に当たり散らす」などの症状は、骨折した人全員がなるわけではないので、認知症でいう周辺症状ということになります。
どの認知症タイプでも現れる症状「中核症状」
認知症にはアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、血管性認知症など、さまざまな種類がありますが、これらの認知症によっておこる症状のことを「中核症状」といいます。具体的には、記憶障害、時間の感覚や季節感、場所などがわからなくなる、動作がうまくいかなくなる、などの症状が挙げられます。
「アルツハイマー型認知症は記憶障害が出やすいけれど、レビー小体型認知症はあまり記憶障害が出ない」とか、「前頭側頭型認知症は場所がわからなくなることは少ない」など、それぞれに特徴があるとされています。確かに、発症してからしばらくは認知症の種類ごとに特徴がありますが、10年、15年、20年と時間が経過すれば、どの認知症でも中核症状のほとんどが出てきます。
中核症状は悪くなる一方?
認知症は進行性の病気のため、記憶が戻ることはないとか、新しいことを覚えることはできないと考えられがちです。しかし、重い認知症の人でも、入院した時に病院のトイレの場所を覚えたり、私がたまにデイケアに顔を出すと、家族に「今日は水野先生が来たよ」と伝える人もいます。診察の際に行われる短時間の検査で記憶障害と診断されても、実際には周りが思っているよりも本人は物事をよく覚えていることがあることを知ってほしいです。それに、記憶と頭の回転は別の問題だと私は考えています。もの忘れがひどくても、実際は驚くほど機転がきいたり、理解力があったりすることもあるのです。
周辺症状(BPSD)とは不安が作り出す
認知症になってから現れる症状の中で、中核症状以外のもの。つまり、認知症によって直接現れるものではない症状を周辺症状(BPSD)といいます。具体的には不眠、イライラ、気持ちの落ち込み、暴力・暴言、徘徊、幻覚、妄想、つきまとい、などの症状が挙げられます。
私が担当する重度の認知症のAさんが、突然別の患者Bさんを殴ったことがありました。関係者は「BPSDの暴力だ!」と言いましたが、実は数日前に、Bさんに嫌なことをされていたことがわかりました。それを覚えていて、数日後にその相手をめがけてやり返しに行っていたのです。
ほかにも、認知症になって心細くなり配偶者を探していると「つきまといだ」と言われますし、配偶者を探している時に玄関のドアが開いていて、探しに出ていくと「徘徊だ」と言われます。私は、周辺症状の原因の多くは「不安が作り出すもの」だと考えています。
また、Cさんという2カ所のデイサービスを利用している人がいました。片方のデイサービスに行くと暴言・暴力がひどく出ますが、別のデイサービスでは「みんなの手伝いをしてくれる良い人」と言われていました。つまり周辺症状は、支援の仕方によって穏やかにすることも悪化させることもできるものなのです。今はプロの介護職がケアの視点でうまく対応してくれる事業所がありますから、困り事がないように上手に介入できれば、周辺症状は大幅に抑えることができます。
中核症状と周辺症状への対応のポイント
中核症状に「実行機能障害」と呼ばれる、動作がうまくできなくなる症状があります。例えば認知症の女性が料理の段取りが悪くなった場合、作業が思い出せるように少しだけ手伝ってヒントをあげると、途端に鮮やかな包丁さばきを披露することもあります。
記憶障害が進んで、もう何もわからなくなったと思っていた夫が、突然「以前、きみと一緒にあそこに旅行に行ったね。楽しかった」などと懐かしい話題を話してくれることもあります。このように、認知症の中核症状は常に揺れ動いているので、「どうせ何もわからない」と思って見下すような対応を取ると、それを覚えていて信頼関係を損ねる原因になるので注意が必要です。
「進行した」と思ったらできること
周辺症状が出た時に「認知症が進行した」と考える家族がいますが、これは間違いです。認知症の進行は中核症状の程度で判断するもので、周辺症状は介護のプロがケアという視点で関われば穏やかになることもあるのです。
例えば、怒りっぽくなったなどの周辺症状が強く出た際に、家族が認知症が進行したと誤解して医師に告げてしまい、薬を増やされてしまうことがあります。薬が強すぎると悪影響が出ることもあるので、周辺症状に対してはプロの介護サービスをうまく活用するなどして、対応を変えることで鎮静化を目指しましょう。
「怒った」事実より、前後に何があったかをメモ
「怒った」などの結果に着目するのではなく、怒った前後で何があったのか、その出来事をメモしておくことが有効です。「この部屋から出てきた時に、怒ってドアをたたいた」といったように具体的な出来事を書いておけば、後で介護者が冷静になった時に読み返すと「ああ、あの部屋に人がいなかったことが原因で怒ったのかな」などと気がつき、対策を取ることができるはずです。
中核症状も周辺症状も、認知症の症状が出ると本人や周囲の人が「人間としてダメになった」と思い込んでしまうことがありますが、これは非常に問題です。「この人と良い付き合いをしたい」とか、「デイサービスで良い友達ができるといいな」と願うなど、相手を尊重する気持ちを忘れずに対応することを心がけてください。