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耳(難聴)と認知症の関係を解説 補聴器の選び方やトレーニング方法も

「年をとったせいか、この頃、耳が遠くなってきた」。そんな話を聞いたことがありませんか? 加齢にともない聴力が落ちるのは、ある程度は仕方がないと感じるかもしれません。しかし、難聴が認知症を引き起こす可能性があると知れば、何か対策を……と考える人もいるのではないでしょうか。難聴と認知症の関係について、慶應義塾大学名誉教授小川郁先生に伺いました。

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認知症と難聴の関係について解説してくれるのは……

小川郁先生
小川郁(おがわ・かおる)医師
慶應義塾大学名誉教授、オトクリニック東京院長
1955年生まれ。81年、慶應義塾大学医学部卒業。静岡赤十字病院耳鼻咽喉科医員、米ミシガン大学クレスギ聴覚研究所研究員、東京電力病院耳鼻咽喉科副科長、慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科教授を経て、2021年から慶應義塾大学名誉教授、オトクリニック東京院長。

難聴が進むと認知機能が7歳早く衰える

2020年、世界的に権威のある英医学誌「ランセット」で、認知症の約40%が予防できる可能性があると発表されました。その報告では、認知症の発症リスクを高める原因の一つとして難聴が挙げられ、難聴になった場合は早めに改善に向けた取り組みをすることで、認知症発症の予防効果が期待できるとしています。

難聴は、一般的には20デシベルを基準にしています。「デシベル」とは音の大きさの単位で、20デシベルは一般的に、木の葉が触れ合う音や人のささやき声程度とされています。
20デシベルを超えた音も聞こえづらい状態になると、病院では「なんらかの難聴がある」と診断します。段階的には軽度、中等度、高度、重度とレベルがあり、まったく聞こえない場合は聾(ろう)となります。20デシベルが聞こえないからといって、すぐに何かを始めなければいけないわけではありませんが、“難聴の状態を放っておくこと”は、認知症のリスクを高めることにつながります。

人は聞こえづらくなると、最初のうちはなんとか耳を凝らして相手の話を聞こうとしますが、その状態が長引くとだんだん億劫になります。周りの人も最初のうちは、本人に聞こえるようにと大きな声で話そうと努めますが、次第に疲れ、もういいやと用事以外のことは話さなくなる傾向にあります。難聴をきっかけにこうした負のスパイラルが生まれることで、聴力だけでなく「言葉を認識して理解する」という脳を働かせる機会が減っていきます。それによって聞く力も認知機能も衰え、認知症を引き寄せる可能性が十分出てくるわけです。

軽度の難聴だったとしても、放っておくと40から70デシベル相当の音も聞こえづらくなる中等度に進行していきます。現状が中等度という場合も同様で、放置すればさらに重い状態になることもあります。
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究報告によれば、軽度、中等度の難聴をそのまま放置しておくと、聴力が正常な人の認知機能と比べて7歳年上と同等の認知機能になるとされています。つまり「7歳早く認知機能が衰える」と考えられるわけです。

相手が大きな声で話さないと聞き取れなかったり、以前よりも音量を上げてテレビを見るようになっていたり、そうした状態は軽度難聴に該当します。こうした症状は年齢が上がるにつれ増える傾向にあります。
さらに、そばにいる家族同士の会話が聞き取れなかったり聞き違えたりなど、生活をするうえで支障のある状態が中等度難聴で、生活環境を含め個人差はあるものの、補聴器の使用を検討し始めることになります。

聴覚のトレーニング

私たちの耳は、低音から高音まで非常に幅広い音を聞き分けられます。しかし聴力は、年を重ねるに従い誰もが低下します。進行により補聴器を使用することもありますが、加齢に伴う難聴は、補聴器を着けただけでは解決しません。なぜなら、耳の奥の神経で音を感じることが難しい「感音難聴」だからです。
感音難聴は、音を感じ取る細胞「有毛細胞」の数が減っている状態にあります。これは耳の奥にある、蝸牛(かぎゅう)と呼ばれるカタツムリの殻のような形をした器官の中にあり、片方の耳につき4列並んでいます=イラスト1。1列に約4000個、トータルでおよそ1万6000個の細胞が並んでいます。
その名のとおり毛の生えた細胞で、入ってきた音波を毛が揺れることで認識し、電気信号に変換して脳に伝えます。ところがこの細胞は、いったん減ると増やすことができないのです。有毛細胞が減った人が補聴器の音を大きくしても、すぐにクリアに聞こえるようにはならないのはそのためです。
一方、眼鏡をかければハッキリと見えるように、補聴器を着ければハッキリと聞こえる「伝音難聴」は、鼓膜に穴が開くなど、耳の奥の神経とは関わらないところで音が伝わりづらくなっている状態です。

イラスト1

音が耳から脳に伝わるまでの流れ
音が耳から脳に伝わるまでの流れ

音の聞き取りは、最終的には脳が認識しています。例えば手話でのコミュニケーションは、目から得た情報を脳が認識し、意味を理解して、それに対して自分がどう応えるかを考え行動する、といった流れを経ています。音も同様に、耳から入って信号となり、脳の中で認識されているのです。
感音難聴の場合、脳の認知機能を高める「聴覚トレーニング」がオススメです。流れている音を受動的に聞くのではなく、音をとらえ、脳で理解するトレーニングです。
自分1人でできる最も簡単な方法として推奨するのが、補聴器を着けている時に新聞や本、雑誌などの文章を音読し、それを自分の脳で聞き取るという方法です。黙読ではなく、あくまでも自分の声で音読する必要があります=イラスト2。聴覚トレーニングとは、脳の聞き取り能力を徐々に高めていくものなのです。

イラスト2

音 脳 理解
「聴覚トレーニング」のひとつである音読では、必ず自分で音読して聞き取る

補聴器の選び方

補聴器選びの際、念頭に置いてほしいのは、「短時間で簡単に入手できるものではない」ということです。次は、補聴器を手にするまでの流れとその選び方です。

  1. 耳鼻咽喉科で問診と聴力検査を受ける 
    ※ 日本耳鼻咽喉科学会認定の、補聴器の使い方などについて一定程度の研修を受けた補聴器相談医のいるところがお薦めです。同学会のホームページで最寄りの補聴器相談医などを確認できます
  2. 診察や検査の結果、補聴器が必要となったら、耳の処方箋とも言える「補聴器適合に関する診療情報提供書」を医師に書いてもらう
  3. 厚生労働省が認定する「認定補聴器専門店」に行き、認定補聴器技能者に上記提供書に合わせた補聴器を提案してもらい試用する
  4. 試用の結果がよければ購入し、3カ月ほどかけて徐々に音の増幅を広げ、最終的には補聴器を着けた状態での理想の聞こえ方に近づける

補聴器を買ったのに、「聞こえ過ぎて気持ち悪くて、使わなくなってしまった」といった話を耳にします。それはもしかすると、自己判断でいきなり100%の音に増幅してしまっているのかもしれません。補聴器からの音に耳が慣れるまで、3カ月はかかるということを胸に留めておいてください。

補聴器の価格と良しあし

補聴器の価格はさまざまですが、基本的には20万円ほど(両耳分)の機能があるタイプで十分事足りるはずです。また補聴器は、1年間で支払った医療費の合計が一定額を超えている場合に受けられる医療費控除の対象でもあります。ただしこの制度は、補聴器を眼鏡店や家電量販店などで買った場合は利用できないので注意してください。
50万円ほどする高性能タイプもありますが、高額なものだからすべての人にとっていい、というわけではありません。その人がどういう状況で何を求めているかによって必要とする機能は変わりますので、専門家とよく相談しましょう。

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