「かむ力・のむ力」と認知症の関係を専門家が徹底解説 歯の数は何本?

認知症に大きく関係する要因として、かむ力とのみ込む力が注目されていることをご存じでしょうか。歯の本数と認知症の関係についても研究が行われています。いったいどんな影響があるのでしょう。お二人の先生にお話をうかがいました。

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かむ力とのみ込む力、認知症との関係について解説してくれる2人の先生は……

上田貴之先生
上田貴之(うえだ・たかゆき)歯科医師
東京歯科大学老年歯科補綴(ほてつ)学講座教授。2003年東京歯科大学大学院歯学研究科修了。東京歯科大学助手、スイス連邦・ベルン大学歯学部補綴科客員教授を経て現職。一般社団法人日本老年歯科医学会 常任理事・専門医・指導医・学術委員会委員、公益社団法人日本補綴歯科学会 理事・専門医・指導医・広報委員会委員長。
戸原玄先生
戸原玄(とはら・はるか)歯科医師
東京医科歯科大学摂食嚥下(えんげ)リハビリテーション学分野教授。1997年東京医科歯科大学歯学部卒。高齢者に対する歯科治療と摂食嚥下リハビリテーションを学ぶ。小児、成人、高齢者、特に通院が困難な患者に対して、単に食べればよいのではなく「いかに楽しく食べるか」に注力している。

歯の数や口の働きの低下が認知症のきっかけに

「8020(はちまるにいまる)運動」をご存じでしょうか。1989年から厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している運動で、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」というものです。当初、80歳以上で20本以上の歯のある人は7%程度でしたが、2016年の調査では51.2%でした。また、歯が20本以上あれば、かむ力の8割を保てるともいわれています。

歯の本数と認知症との関係についての研究では、19本以下だと認知機能が低下することが報告されています。
介護認定を受けていない65歳以上の健康な4425人を対象に歯と義歯(入れ歯)の状況を調査し、その後4年間、認知症の認定状況を追跡したところ、歯がなく義歯も使用していない場合、20本以上ある人と比べ、認知症の発症リスクが1.85倍高くなることがわかりました。
その理由は、歯の本数が減ると咀嚼(そしゃく)能力(かむ力)が低下し、「脳の血流量が低下する」「食品の摂取量が減り、低栄養状態になる」からだといわれています。一方、歯がほとんどなくても義歯を使用している人は、歯数が20本以上ある人と比較して認知症の発症リスクに差は見られませんでした。

また、歯の本数が少ないと転びやすくなることも指摘されています。歯がないと体のバランスが取りにくくなり、歯をかみしめて踏ん張る力が出にくいからです。高齢者の場合、転倒による骨折で入院すると、入院という環境の変化がきっかけで寝たきりになったり、認知症を発症したりするリスクも高くなります。

「最近は歯の本数だけでなく、かみ砕いてのみ込んだり唾液を出すなど口の中の機能の衰えが、認知能力の低下につながるという研究が多く発表されています」
そう話すのは、東京歯科大学老年歯科補綴学講座・教授の上田貴之先生です。
「私たちは何かを食べる時、単に歯でかむだけではなく、ほお、舌、唇などをリズミカルに動かして適度な硬さに丸めてのみ込んでいます。かみ砕く時には唾液も大きな役割を果たします。これらと、呼吸や発音も含めた口の機能が衰えると、認知機能が低下することがわかってきています。特に舌の力と動きがMCI(軽度認知障害:認知症の前段階)の発症に影響を与えているという研究報告があります」

口の働きの衰えを予防するトレーニング

口の機能が低下すると、どのような兆候が見られるのでしょうか。ご自身やご家族に次のような症状が見られたら、口の機能が低下する「口腔機能低下症」かもしれません。口の機能を改善するトレーニングをしてみましょう。

  • 食べものが口の中に残るようになった
  • 硬い食べものが食べにくくなった
  • 食事の時間が長くなった
  • 薬がのみにくくなった
  • 口の中が乾くようになった
  • 食べこぼしをするようになった
  • 滑舌が悪くなった
  • 口の中が汚れている
  • 口臭がするようになった

簡単なトレーニング方法として、次の3つがあります。

  1. ブクブクうがい(30秒)
    歯を磨いた後、思いきりブクブクとうがいをします。左から右へ、左右交互に10秒ずつ、合計で30秒。唇やほおの筋肉が鍛えられます。
  2. 舌鳴らし
    舌を口の中ではじいてチッと音を鳴らすと、舌の筋肉が鍛えられます。日に何度か、思いついた時にやるといいでしょう。
  3. スプーンで舌と押し比べ
    大きめのスプーンの裏を舌に押し当てます。それを舌で押し返しましょう。舌の筋肉の鍛錬になります。

「2〜4週間トレーニングすると効果が見えてきます。食べられる食品が増えたり、食べこぼしが少なくなったり、滑舌がよくなったりします。お口の動きがよくなると食事にかかる時間も短くなり、食事量が増えて低栄養の予防にもなります」(上田貴之先生)

唾液が減ると口の中が汚れ、むし歯になりやすい

唾液には、かみやすくしたり消化を促したり、歯や口の中の粘膜を保護するなど、さまざまな働きがあります。その中には、口の中をきれいに洗い流すという作用もあり、むし歯や歯周病などを予防しています。

しかし、高齢になると唾液の分泌が減り、口の中が乾いてしまいます。それが口臭の原因になることもあります。実は、唾液の分泌を促すのに効果的なのが「よくかむこと」なのです。

「年を取ると軟らかいものばかり食べがちですが、かみごたえのあるものを食べたほうが唾液が出やすくなります。たとえば、ハンバーグにレンコンを混ぜて歯ごたえを出したり、ガムをかんだり、グミをかむのもいいでしょう。お口の筋肉を鍛えることにもなり、脳の血流が増加して認知機能を改善します。また、食事の前に唾液腺マッサージをすると、食事がしやすくなります」(上田先生)

耳下腺マッサージ 上の奥歯を円を描くようにマッサージします。顎下腺マッサージ あごを親指で持ち上げるように、前後にずらしながら数カ所マッサージします。舌下腺マッサージ あご先の後方部を親指で持ち上げるようにマッサージします。

また、高齢になると「根面う蝕」(こんめんうしょく)が増えてきます。根面う蝕とは、年とともに歯茎が下がり、根の表面が出てきてむし歯になることをいいます。根の表面は硬いエナメル質で覆われていないため、簡単にむし歯になってしまうのです。

根面う蝕を防ぐためにおすすめなのが、高濃度フッ素入りの歯磨き粉です。
「高濃度フッ素入りの歯磨き粉を使ったあとは、10mLくらいの少量の水で1回だけうがいするのがいいといわれています」(上田先生)

のみ込む力が衰えてきたら、体幹を鍛えよう

認知症の人が急激にやせてきたら、要注意。やせる原因として考えられることは2つ。1つは認知症以外の「病気」。もう1つは「飲み込む能力の衰えによる低栄養」です。
東京医科歯科大学摂食嚥下リハビリテーション学分野教授の戸原玄先生は言います。
「これまでの研究で、口や喉の筋肉は体幹と関係が深いことがわかっています。また、舌の筋肉は背筋と関係があります。つまり、体幹と背筋を鍛えることで、嚥下機能を改善させることができるのです。病気の兆候もなくやせてきた場合は、嚥下機能(のみ込む力)が弱っている可能性があります」

食事の時にのみ込みづらくなったり、むせなどの症状が現れたりしたら、次のようなトレーニングをしてみましょう。

 1日5回を目安に太ももの裏を伸ばす

1)太ももの裏を伸ばす(1日5回を目安に)

太ももの裏の筋肉をハムストリングといいますが、ここの筋肉が衰えて短くなると、前屈しても前に手がつかなくなります。体幹を鍛えるためには、足を椅子などにのせて、ハムストリングを伸ばすようにします。この時、つま先は立てるようにしましょう。

 1日5回を目安に肋骨の間の筋肉を伸ばす

2)肋骨(ろっこつ)の間の筋肉を伸ばす(1日5回を目安に)

猫背になると、肋骨の間の筋肉の伸びが悪くなります。そうなると呼吸が浅くなりのみ込む力が衰えてきます。前で組んだ腕をそのまま上に上げます。そうすることで、肋骨の間の筋肉が伸び、呼吸が深くなります。

思い切り口を開けて10秒間キープ

3)大きく口を開ける(10秒間を1日2〜3回)

思いきり口を大きく開けます。喉が筋張るくらい開けるといいでしょう。2〜3週間で、むせなどの改善が期待できます。

普段、椅子に座る時も、背もたれに倒れかかるのではなく、背筋を伸ばして座りましょう。それだけでも体幹を鍛えることになります。

認知症の人の食事の工夫

嚥下機能の衰えを知る方法として戸原先生がすすめるのが、おせんべいを食べてもらうこと。
「自分で口に入れてかんでのみ込むことができれば、嚥下食など軟らかい食事に変える必要はありません。口の動きをよく観察してください。かむ時に横にずらして奥歯ですりつぶしているようなら、しっかりかめている証拠です」

また、認知症が進行すると、食べものに興味を示さなくなる人がいます。これにはいくつかの原因があります。

  • 運動不足で食欲が出ない
    運動量が減れば、食欲はわきません。普段から「きちんと座る、立つ、歩く、散歩に行く」などを習慣にすることが大切です。
  • 時間の感覚がなく、食事の時間であることがわからない
    認知症の人は時間の感覚が鈍くなっています。1日の流れが把握しづらく、食事の時間になっても食べることに集中できない人もいます。食事の時には「これからお昼ごはんの時間ですよ」などと声をかけるといいでしょう。
  • 嗅覚(きゅうかく)が鈍くなる
    認知症になると、匂いに鈍感になることがあります。お皿を近づけて匂いをかいでもらったり、カレーなどの香辛料を使った料理を出したり工夫をしましょう。
  • 視覚が弱くなる
    目が悪くなると色の区別がつきにくくなります。白い器に白いおかゆを入れると、何が入っているのかわかりません。また、柄のある器は、虫などに見えることがあります。茶色やブルーなどの単色の器にするといいでしょう。
  • 食事時間が楽しくない
    認知症は記憶や知覚、判断などの認知機能が衰えますが、快・不快といった情動の能力は衰えないといわれます。食事時間を楽しくすれば食欲も増します。家族で会話をするなど、楽しい雰囲気を演出しましょう。

「やせてきて栄養が足りない時は、チューブを使った栄養摂取やミキサー食に切り替えることがあります。しかし、元気になってきたりよく話すようになったりしたら、普通食に戻すことを忘れないでください。まず、軟らかいおせんべいを食べてもらい、それができたら卵料理などの軟らかい料理、具を小さくした煮物などに切り替え、だんだんと普通食に戻していくといいでしょう」(戸原先生)

認知症だからこそ“食べられる歯”を

自分の歯を1本でも多く残すためには歯磨きが大切ですが、歯科医院でのメンテナンスも重要です。いくらていねいに磨いたつもりでも、細菌の塊である歯垢(しこう)はなかなか取れないからです。歯科医院での専門的な除去が必要です。

認知症のある人は、歯科医院で何をされるのかがわからず混乱してしまう場合があります。なかなか口を開けてくれないため、無理やり押さえ付けたり、全身麻酔でないと治療ができないこともあるようです。
「ご家族は歯科医師に遠慮して放置されていることも多いのですが、口の状態が悪くなればなるほど治療はむずかしくなります。入れ歯を新しく作り替えたとしても、自分の入れ歯じゃないといって装着してくれないこともあります。むしろ、自分から口を開けて治療させてくれる段階で、歯科医院を受診することが理想的です。認知症は進行性の疾患ですから、歯を抜くにしても義歯をつくるにしても、症状が軽いうちに治療計画を立てることがポイントです」(上田先生)

また、8020運動でいう20本の歯は、食べものを咀嚼してのみ込むことができれば義歯でも同じ効果があるといわれています。そのためにも入れ歯のメンテナンスは大切です。定期的に歯科医院を受診し、その都度、入れ歯の調整をしましょう。そうすれば認知症が進んでも、おいしく食事がいただけます。

かかりつけ歯科医院のある人は認知症になりにくい?

かかりつけ歯科医院のある人とない人では、ない人のほうが認知症の発症リスクが高いというデータがあります。
「かかりつけの歯科医院で定期的に歯のメンテナンスを行うことで、しっかりかめる歯を維持できているということでしょう。また、認知症になると、入れ歯が壊れたり歯に異常があっても気づきにくいことがありますが、定期的にかかりつけ歯科医院に行くことで、口の中の状態をチェックしてもらうことができます。少なくとも3カ月に1回、あまり歯が磨けていない人は1カ月に1回は受診するようにしましょう」(上田先生)

かかりつけ歯科医院のメリットは、長期的に歯の状態を見ることで異常に気づきやすいことです。地域医療と連携している歯科医であれば、歯だけでなく全身の健康にも目を向けてくれるはずです。口の衰えに注意して健康寿命を延ばしましょう。

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