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高齢だから運転やめる?研究者も悩む要介護リスクとクルマ社会のいま

高齢になって自動車の運転をやめた人は、運転を続けた人に比べて要介護となる可能性が約2倍高い――。そんな調査結果が発表されました。高齢ドライバーによる事故で幼い子どもが亡くなるといったケースが相次ぎ、運転免許を自主的に返納する人も増えています。ただ、そうした返納の先には、多くの人たちが社会参加の機会を減らし、健康な暮らしを失いかねない危険性があることを、今回の調査結果が示しているといえます。どう考えればいいのでしょうか。

今回の調査は、健康長寿社会に向けた予防政策づくりに取り組む「日本老年学的評価研究」(JAGES)という研究プロジェクトの一環として実施されました。中心となった筑波大の市川政雄教授(公衆衛生学)は、今回の研究に取り組んだ背景についてこう語ります。

「これまでの私たちの研究で、高齢ドライバーによる事故件数は、走行距離あたりでみれば若年ドライバーよりもむしろ少ないことがわかっています。そうした実情にもかかわらず、最近は高齢者に運転をやめさせようという機運が高まるばかりで、運転をやめた人への生活支援はほとんど議論されていません。こうした現状は問題ではないかと思っています」

研究結果について説明する市川政雄・筑波大教授。「これまでの私たちの研究で、高齢ドライバーによる事故件数は、走行距離あたりでみれば若年ドライバーよりもむしろ少ないことがわかっています。そうした実情にもかかわらず、最近は高齢者に運転をやめさせようという機運が高まるばかりで、運転をやめた人への生活支援はほとんど議論されていません。こうした現状は問題ではないかと思っています」
研究結果について説明する市川政雄・筑波大教授=2019/09/05

今回の調査は、プロジェクトに協力している愛知県在住の65歳以上の男女約2800を対象に行われました。2006~07年の時点で要介護の認定を受けておらず、運転をしている人に、10年8月の時点で運転を続けているか改めて尋ね、認知機能を含めた健康状態を調べました。さらに、その人たちを16年11月まで追跡し、運転継続の有無と要介護認定との関係を分析しました。

このような研究では、「運転をやめたから要介護になったのではなく、要介護になるほど体力が落ちたから、運転もできなくなったのではないか」という指摘がよくあります。研究チームは、そうした事例が結果に混じらないよう、まず10年の調査から1年後までに要介護となった人は対象から除外し、健康状態の違いが影響しないよう統計学的に調整するなどしたうえで分析しました。

その結果、10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて要介護となるリスクが2・09倍ありました。このうち、運転はやめても移動に電車やバスなどの公共交通機関や自転車を利用していた人では、同様のリスクは1・69倍にとどまっていました。一方、運転をやめて移動には家族による送迎などを利用していた人だと2・16倍でした。

10年時点で運転をやめていた人は、運転を続けた人に比べて要介護となるリスクが2・09倍ありました。このうち、運転はやめても移動に電車やバスなどの公共交通機関や自転車を利用していた人では、同様のリスクは1・69倍にとどまっていました。一方、運転をやめて移動には家族による送迎などを利用していた人だと2・16倍でした

運転をやめることでなぜ要介護リスクが高まったのか、今回の調査で細かいことはわかっていません。市川さんたちは「運転をやめたことで移動の手段が制限され、活動的な生活が送りにくくなって、健康に悪影響が及んだのではないか」とみています。

今回の結果をどう受けとめるべきでしょうか。ネット上では「高齢者が要介護になるかどうかより、死亡事故を防ぐことの方が重要」「介護予防のために運転を続けられても困る」といった反応が多いようです。

まず、悲惨な交通死亡事故はやはり防ぐべきです。高齢者による死亡事故がたくさん起こっていることは否定できません。医師が認知症と診断すれば免許が停止されたり取り消されたりする今の制度には慎重論もありますが、運転能力が一定程度以上に落ちているのであれば、それ以上運転を続けないようにしてもらうことはやむを得ないでしょう。

ただ、高齢者の運転をやめさせれば直ちに解決するというわけでもありません。原付以上の免許保有者10万人当たりの事故件数を年齢層ごとにみた警察庁の統計によれば、「80歳以上」の人たちと同じくらい多くの死亡事故を「16~19歳」の人たちが起こしていました。今年5月には大津市で、50代女性の運転不注意がもとで、別の軽乗用車が保育園児らの列に突っ込み、16人が死傷する事故につながりました。

幼い子どもをはじめとした歩行者が交通事故で命を失うケースを減らそうとするなら、まずは歩行者の安全を著しく軽視するような今の社会意識やルールを変えなければいけません。たとえば、信号のない横断歩道を渡ろうとする人がいたら、自動車は一時停止することが道路交通法で定められています。ところが、日本自動車連盟(JAF)が2017年に全国で実施した調査によると、歩行者が渡ろうとしている場面で一時停止した車は8.5%しかありませんでした。こうした「歩行者妨害等」による死亡事故は、警察庁の統計によれば高齢者も、より若い世代も起こしていて、特に目に付くのは40代から50代前半にかけての世代です。

「歩行者妨害等」で死亡事故を起こした年齢層別の件数。「歩行者妨害等」による死亡事故は、警察庁の統計によれば高齢者も、より若い世代も起こしていて、特に目に付くのは40代から50代前半にかけての世代です

市川さんらは「運転をしなくても移動しやすいまちづくりなどの対策を急ぐべきだ」と指摘します。そのための具体的な取り組みの一つが「歩きやすいまち」です。最近は、広い歩道を確保したり、車の進入をはばむためのポールを設けたりして、高齢者らが安心して歩けるようにする事業を各地の自治体が進めています。これは市民の運動量を自然と増やし、住んでいるだけで健康になれるまちにしようというポピュレーションアプローチ(健康にリスクを抱える個人ではなく、社会環境全体に働きかける手法)の一つで、歩行者を車から守るという面もあります。

これに加えて、人が集まり交流する場と自宅とをつなぐコミュニティーバスなどの移動手段が確保されていけば、運転しなくても高齢者が気軽に外出でき、身体運動や社会参加の機会が保たれて、今回の調査結果ほどには要介護となる確率が高まらずにすむかもしれません。

安心して歩けるよう、自転車専用道とともに広い歩道を確保する例も=2019/03/08 大阪府高石市
安心して歩けるよう、自転車専用道とともに広い歩道を確保する例も=2019/03/08 大阪府高石市

電車やバスが少ない地方では、やはり何らかの車両が求められることも多くなります。自動運転の技術に期待が寄せられますが、いつ実用的なものになるのか、まだ確かな見通しは立ちません。そんな中、高齢者の移動手段の一つとして「超小型モビリティ」の活用が以前から検討されてきました。コンパクトで環境性能に優れた1~2人乗り程度の車両のことで、一般道も走れる電動タイプがすでにいくつか市販されています。経済産業省は8月、こうした車両の普及に向けた課題を探る会議を立ち上げました。

トヨタ車体の超小型モビリティ「コムス」。高齢者の移動手段としても期待されているが、課題も残る。車の横幅が小さいので、車両感覚がつかみやすく、狭い道も走りやすいといった利点があります。特に交通量の少ない地方で、買い物や通院といった高齢者のちょっとした移動には向いているといえそうです。  ただ、コムスは最高時速60キロまで出すことができます。これくらいの速度が出ないと一般道で「車の流れ」に乗りにくいという面がありますが、60キロで子どもにぶつかってしまえば死亡につながる可能性が高いでしょう。
トヨタ車体の超小型モビリティ「コムス」。高齢者の移動手段としても期待されているが、課題も残る 2017/07/10 鹿児島県薩摩川内市

車の横幅が小さいので、車両感覚がつかみやすく、狭い道も走りやすいといった利点があります。特に交通量の少ない地方で、買い物や通院といった高齢者のちょっとした移動には向いているといえそうです。

ただ、コムスは最高時速60キロまで出すことができます。これくらいの速度が出ないと一般道で「車の流れ」に乗りにくいという面がありますが、60キロで子どもにぶつかってしまえば死亡につながる可能性が高いでしょう。とりわけ高齢者の利用を想定するとき、重視されるべきなのは便利さより「ぶつかっても人を殺さないクルマ」です。出せる速度を大幅に落とし、運転手だけでなく他者への安全性能も高めつつ、低速の車がスムーズに走れるような道路のあり方も考える必要がありそうです。

「運転をやめれば、高齢者が要介護となるリスクは高まる」。今回の調査ではそんな傾向が示されました。ただそれは、今のクルマ社会を前提としたものです。高齢者が移動する権利を保つことと、悲惨な交通事故を防ぐことは、同時に目指していいはずです。子どもの安全を最優先にしつつ、「こんな条件であれば、高齢者が運転をしても大丈夫」「こんな環境なら、もう運転はしなくてもいい」といった具体的な議論が交わせるようになるほど、社会のしくみが大きく前に進むことを願います。

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