「親の運転が怖い…」免許返納を説得する前に知りたい老親の心理とは
取材/神 素子
自分の親の運転技術に、不安を抱えている40~60代の子ども世代は少なくありません。
徳島県に住むⅯさん(53歳)もその一人。同居している80歳の父は活動的で、さまざまな会合や後援会に所属し、毎日のように外出しています。もちろん、車を運転して。精力的なのはいいけれど、問題はここ2~3年で小さな事故を何回か起こしていることです。
「駐車場で人にぶつかりそうになったり、ガードレールにこすったり……。父は『相手が飛び出してきたせいだ』『たまたま見通しの悪い道だった』と言いますが、以前だったら考えられない失敗。最近は通いなれた場所へ行くにも道に迷うことがあるみたいなので、心配が尽きません」(Ⅿさん)
「うちの親、そのうち交通事故を起こすかもしれない」
東京都在住のNさん(47歳)は、帰省のたびに父(84歳)の運転が荒くなることに不安を感じているそうです。
「道を譲ったり、タイミングを待ったりできず、すぐにイライラしてしまいます。おかしなタイミングでブレーキをかけることも多くて、父の車に乗っていると不安になります。そのうち交通事故を起こすかもしれない」
ⅯさんもNさんも、父親に「そろそろ免許を返納しては」と提案しましたが、耳を貸してもらえなかったと言います。
とっさの判断力が鈍る、行先を忘れる、道に迷う、運転マナーが悪くなる……これらは認知症の初期やMCIの人に顕著である一方で、加齢にともなう一般的な傾向でもあります。この2人のケースのようなことがあっても、免許の更新時の認知機能検査では「問題なし」とされる場合も多いものです。
交通評論家の中村拓司さんは、「家族にとっては心配でたまらないと思いますが、非常に難しい問題なのです」と言います。
「実は、自分の運転に最初に不安を感じるのは当の本人です。運転しながら『いままでとは違う』という違和感を覚えるものです。ここで免許を返納する人もいますが、絶対にしようとしない人もいます。それはなぜだと思いますか? その『なぜ』について、子どもたちは真正面から向き合う必要があると思います」
免許を返納したくない理由、ひとつは不便さ。もうひとつは?
中村さんがさまざまな高齢者ドライバーと接してきた経験では、「免許を返納したくない理由」は大きく2つあると言います。
ひとつめは不便さです。「特に地方に住んでいれば、買い物に行くにも、人に会うにも、車という足は必須です。車を失うことで、いままで気軽にできていたことが奪われるのですから、本人にとっては死活問題です」
そのため、本人も家族も「運転を続けるか、免許を返納するか」の二者択一に悩み、思考停止してしまう傾向があると中村さんは言います。
「方法はひとつではありません。運転する時間や区域を限定する、週に半日でも家族が隣に乗って移動につきあえる日を提案する、公共の交通手段を検討するなど、どんな代替手段があるかをひとつひとつ家族で考えてみることが大切です」
そしてふたつめの理由は、実はもっとも大事で、もっとも見落とされがちなものだと中村さんは考えています。それは、車への愛情とプライドです。
「現代の70代、80代はモータリゼーション世代と言えます。18歳で運転免許を取得し、社会人になって車を手に入れ、年齢が上がるにつれて給料も上がり、車もランクアップした。時間があればいつも車を磨いていて、近所の人に『いい車ですね』と言われることに喜びを感じていた。仕事がどんなに大変でも、週末は子どもを車に乗せてドライブを楽しんだことも、父親としての誇りだったでしょう。だからこそ、わが子に『もう年なんだから運転をやめて』と言われるのは腹立たしいのです。『おまえらをいろいろなところに車で連れて行き、家族の思い出を作ってきたのは俺だ。それも俺の運転が上手かったから事故にも遭わず、いつも楽しめたのだ』という自負があるのですから。
彼らの人生と車は、ある意味、一体化していると言ってもいい。それを無理やり引きはがすことが、はたして正しいのでしょうか」
親のプライドを傷つけずに、運転をあきらめさせる方法は
中村さんは、親のこれまでの人生やいまの生活に、子どもが真正面から向き合うことでしか解決できないと考えています。
「まず、これまでの感謝の思いをきちんと伝えることが先でしょう。『お父さんが車を運転してくれたおかげでいろいろな経験をさせてもらえた。そして、車に乗せてもらうことによって事故の怖さも知った。お父さんの運転歴に、大きな傷をつけない方法をともに考えたいと思っているんだよ』と、そんな思いをちゃんと話しましょう」
そのうえで、なぜ運転を控えたほうがいいと思っているのか、説得できる具体的な材料を提示できることが大事だと中村さんは提案します。
中村さんは経験上、男性は認知機能の低下などについては触れず、身体的な機能の低下について指摘する方が受け入れやすいと感じるそうです。
「たとえば視力の低下です。年齢とともに視野が狭くなったり、視力が落ちたりするのは仕方がないことと理解してくれた、という話はよく聞きます。また、実際にドライブシミュレーターなどで判断力が低下していることを客観的に知ることで、運転をあきらめてくれたというケースもあります」
一方の女性ドライバーは、というと「車を持ち続ける経済的なメリット・デメリットについて、実は車を手放した方が結果的には出費が少ないのですと説明すると、『じゃあ、運転はやめる』と決断する人が多いですね」と言います。
もちろん、これがすべての人に通じる魔法でないことは確かです。
「一人ひとりに車にまつわる人生があります。その思いを察し、理解し、共感できるのはやはり家族です。親子関係を見直すような気持ちで、運転問題と向き合ってみてはいかがでしょう」
- 中村拓司(なかむら・たくじ)
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交通評論家。日本認知症予防学会会員。認知症予防専門士。NPO法人高齢者安全運転支援研究会会員。高齢者向けの運転適性システムの開発や、認知症の早期発見・予防につながる活動を行っている。高齢ドライバーの運転問題などについて、新聞・雑誌・テレビなどでコメントを寄せている。
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