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認知症の芸術療法から個展を開催 絵筆に想い込め

個展を開いた佐藤彰さん

元新聞記者の佐藤彰さん(61)が「若年性アルツハイマー」と診断されたのは56歳の時だった。ケアの一環として芸術療法を始めて3年になる。症状の進行は思ったより早く不安は募るが、創作をしていると心が和む。絵筆を取ると目の輝きが違うのだ。隠し続けてきた認知症を公表して浅草で個展を開いた。題して「哲学アート-今ふたたびの人生を生きる かたちへの想(おも)い」。

2012年ごろから佐藤さんは、もの忘れを深刻に悩むようになったという。買い物に行き、頼まれた食品のことはコロッと忘れ精肉店で間違って最上級の肉を買って帰る。自宅に届いた宅急便の荷物を受け取ったはいいが、どこに置いたかをどうしても思い出せない。夕刊紙の記者をしていた佐藤さんが出張などのパソコン清算を忘れたのか、大量の領収書の束が見つかったときはパートナーの門川淑子さんはあわてた。

失態を連発する佐藤さんの様子に不安を抱いた門川さんに促されて、順天堂大学病院高齢者医療センターに(東京都江東区)駆け込んだ。佐藤さんは、1日入院して精密検査などを受けることになる。2013年1月、担当医師から「若年性アルツハイマー初期」と告げられた。身体に貼り付けるパッチ型の薬を処方され、通院を続けた。アルツハイマーの診断はショックだった。会社には病気を隠して休職した。

編集局経済情報部記者時代の佐藤さんは、まさに働きバチ。頼まれた仕事は断らない、膨大な仕事を抱えて朝帰りもまれではなかった。部長職を務めた時期もある。充実感はあったけれど、締め切りに追われる仕事や管理職の重責によるストレスはたまっていくばかりだったのだろう。休職直前にいた広告局では仕事のテンポは緩やかだったが、結局そのまま退職した。

 佐藤さん本文②
佐藤さんがいちばん気に入った作品。無題

症状は少しづつ進み、心身ともに落ち込んだ。そんな時に門川さんがぼくの拙著「ボケてたまるか 認知症早期治療実体験ルポ」を読んで、メモリークリニックお茶の水(東京都)の朝田隆医師を受診し、3年前から医療デイケアに通い始めた。

佐藤さんはデイケアの中でも、漆造形作家の鍋島次雄さんが講師をする芸術療法がいちばん好きだった。そのときの作品を見た門川さんが、部屋の奥にしまってあったクレパスや水彩絵具を出してくると自宅でも絵を描くようになった。ぼくがもの静かな佐藤さんに会ったのはその頃だ。佐藤さんの色使いと筆のタッチには毎回驚かされた。鍋島さんのアトリエで開かれるアートカフェにも通っていて、ぼくも何度かご一緒した。

作品にはそれぞれストーリーがあって、佐藤さんは門川さんに語るそうだ。最近は自分の考えを言葉にしにくくなっているが、「作品を創るときの心構えってあるの?」と聞くと「ひとつひとつ拾って行くことが大事なんだよね。丹念に、丁寧に、きちんと、ひとつひとつね」と言ったそうだ。会場に飾られた作品は55点、多くの作品には佐藤さんの思いのあるタイトルがつけられている。

 佐藤さん本文③
小さな作品にもタイトルはある。ピエロが乗った作品は「慈愛」

個展初日の21日にシャイな佐藤さんに感想を聞くと「おかしいなぁ。いいのかな」と一言。開催を勧めた鍋島さんは「佐藤さんが作品に描き込んでいるのは、今日まで生きてきた年月の記憶ではないでしょうか。心象風景を抽象的に表現している作品だと思います。色と線のかすれ具合などタッチがすごい」と話す。

門川さんによると佐藤さんの症状は今年になって進行しているという。服の前後左右が分からず手伝わないと着替えはできない。トイレがどこにあるか分からないこともある。佐藤さんの表情を見ると調子が良いか悪いか分かるそうだ。

門川さんは言う。「作品に込められた佐藤彰の想いが、作品を見てくださる方々に伝わることを願います。そして本人にも家族にも本当に辛い病気『若年性アルツハイマー』のことを多くの人たちに知っていただき、同じように苦しんでおられる方々に希望につながる何かを見つけていただけることを願ってやみません」

同展は12月2日まで東京・台東区雷門2-19-18のギャラリーエフ(http://www.gallery-ef.com/)で。

 佐藤さん本文④
江戸時代の蔵を改造した会場で、佐藤さんを囲む門川さん、鍋島さんたち

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