介護の働き方改革 人が集まる大樹会が考えるアシスタント職定着のメソッド
取材:渡辺千鶴、岩崎賢一 イラスト:青山ゆずこ インフォグラフ:須永哲也
アクティブシニアでも若い世代でも、人が集まる介護施設の実現に近づいている取り組みが、京都府舞鶴市にある社会福祉法人大樹会で行われています。シリーズ「これからのKAIGO~『自分にできる』がきっと見つかる~」の9回目は、世代を超えて働き手を引きつけ、離職率が低い介護施設のマネジメントについて、大樹会の理事・総合施設長の大橋裕子さん(67)に聞きました。
課題:介護の現場では、離職率が高く、スタッフが定着しないのはなぜか
- 介護イノベーター:大橋裕子さん(おおはし・ひろこ)
- 結婚後、夫の父が経営する社会福祉法人大樹会の運営にかかわるようになる。2003年に総合施設長に就任し、法人全体の運営を統括する。薬剤師、介護支援専門員(ケアマネージャー)。
アシスタント職でもユニット内で多様な役割
社会福祉法人大樹会理事・総合施設長の大橋裕子さんが考える、アクティブシニア活用のためのポイントは次の五つです。
- 業務内容を明確に提示し、仕事に対する思い違いやミスマッチがないようにする
- その人が能力を発揮できる仕事を担当してもらう。人手が足りないからといって不得意なことをさせない
- 自分の時間を大切にしたいという要望が強いので、早朝や夜間の短時間労働が望ましく、時間外労働は基本的にさせない
- 長く働いてもらうためのモチベーションになる「生きがいづくり」にも取り組む
- 他の職員がアクティブシニアの方たちに感謝の気持ちを自然に抱くような職場環境にする。フラットな人間関係とユニット全体で業務を支えようとする意識を醸成する
大樹会が運営する特別養護老人ホームやすらぎ苑では2019年から早朝と夕方の時間帯に限定し「アシスタント職」と呼ばれる介護助手を雇用しています。その名のとおり介護職員(大樹会では「生活支援員」)のアシスタントとして位置づけられていますが、利用者の見守りから、配膳・下膳、普通食の介助、後片付けまでの食事支援にかかわる広範な業務に携わります。7人いるアシスタント職の年齢は64~71歳で全員女性です。早朝の時間帯に5人、夕方の時間帯に2人が働いています。
「2018年に施設を新築移転したことが、アシスタント職を導入するきっかけになりました。70床から80床に増床し、全室個室のユニットケアに転換したことで、食事の準備などの周辺業務に手間がかかるようになり、利用者さんとのコミュニケーションが取りにくい状況になってしまいました。そのようなときに、『早朝の時間帯に働きたい』という人がいたことから、スタッフ全体の勤務体制と業務分担を見直すことにしました」
「介護職員」から「生活支援員」に呼称を改める
大樹会では、同時に施設運営についても新たな方針を打ち出しています。
- 介護される場ではなく生活する場
- 自宅の延長のような住まいの提供
建物は周囲の街並みに溶け込むようにマンション風の外観に仕上げ、職員の呼称も「介護職員」から「生活支援員」に改めました。
「生活支援員の役割は、単に介護を提供するのではなく、利用者さんが自分らしく快適な生活を送れるように身の回りのお手伝いをすることです。この業務を十分に果たせるように生活支援員を支えるスタッフが必要だと考え、アシスタント職を新設することにしました」
このようなコンセプトや役割分担に従って業務の切り分けを行い、同時に最も職員に負荷がかかる時間帯も割り出しました。それが早朝と夕方の食事の時間帯だったのです。それはアシスタント職を希望するアクティブシニアの方たちが短時間勤務なら働くことができるという勤務時間帯とも合致していました。
アシスタント職を導入した効果はてきめんで、職員の負担は確実に減りました。もともと残業などのない勤務体制と人員配置にしていましたが、それでも人手が足りなくなる時間帯にアシスタント職に周辺業務を任せることができるメリットは大きかったそうです。
「家事全般に不慣れな若い職員が多いため、ベテラン主婦の集団であるアシスタント職にはずいぶん助けられています。食事の準備は的確で手早いし、利用者さんと気の利いたおしゃべりもしてくれます。職員を含め、利用者さんに十分にかかわれるようになって利用者さんの満足度が高まり、サービスの質の向上につながっています」
アシスタント職は補完ではない
アシスタント職を導入して約3年。コロナ禍にあっても離職するアシスタント職はいません。スキルアップより定着のための工夫に取り組んでいます。アシスタント職であっても、長く働いてもらうことによってサービスの質の向上につながったり、採用や研修に関わるコストや労力を減らしたりすることができるからです。
アシスタント職の募集は口コミで行っているため、紹介で応募してくる人が大半です。そのため思い違いやミスマッチがないように、採用時には業務内容を丁寧に説明することがポイントです。さらに本人の能力や得意なことで力を発揮できる仕事を担当してもらうことが重要です。また、自分の時間を大切にしたいという要望も強いので、時間外労働については気をつけています。
アシスタント職の人たちから、お菓子づくりやピアノ演奏といった趣味や特技を生かしたレクリエーション活動への協力の申し出があれば積極的に受け入れています。「生きがいづくり」は長く働いてもらうためのモチベーションのアップにつながるからです。「穏やかな性格」「人が好き」「好奇心の強い人」は、この仕事に向いており、定着してもらいやすいので、採用面接で重視しているそうです。
ユニットごとで多様な職員がチームビルドをしていくためには、フラットな人間関係や職場環境が重要で、すべての職員に対して「アシスタント職は補完ではなく介護職員(生活支援員)の業務をサポートしてくれる存在」であることを理解してもらうようにしています。キーパーソンは、ユニットのリーダーです。「第三者の視点」としてアシスタント職の意見を評価し、業務やサービスの改善に採り入れるといった姿勢を、他の職員に見せることがポイントとしています。
介護の現場もダイバーシティーの時代
大樹会では、アシスタント職制度の導入をきっかけに、アクティブシニアだけでなく子育て中の女性や障害者など多様な人材の雇用にも力を入れるようになりました。介護の現場もダイバーシティーの時代です。地域の多くの人たちに関心を持ってもらい、サービスの担い手になってもらうことを目指しているからです。
介護事業者はともすれば「3大介護(食事介助、入浴介助、排泄介助)ができなければ雇用できない」という考えになりがちですが、それでは地域の中で働ける人は限られてしまいます。大樹会では「その人にできることがあれば、それが仕事になる」という発想の転換を行い、さまざまな業務を切り出して担ってもらえるようにしています。
「生活サポーター」「福祉活動への住民参加」をキーワードに地域へ拡大
大樹会理事・経営企画室長の五嶋仁さんは、10年ほど前から「京都北部福祉人材確保事業」のコーディネーターを務めており、地域全体の介護人材の確保にも積極的に取り組んできました。
舞鶴市では、2021年11月から大樹会のアシスタント職制度をモデルにした「生活サポーター制度(仮称)」の実証実験を実施しました。アクティブシニアを中心に市民から生活サポーターを募り、研修を行ったうえで市内2カ所の高齢者施設と障害者施設に紹介する仕組みです。実際に2人が就職しました。
一法人で積み重ねてきた経験値やメソッドを、地域の介護・福祉施設にも広げていく試みです。地域で介護助手の養成・採用をシステム化していくための一歩であり、キーワードは「福祉活動への住民参加」です。そのため、研修では人手不足を含め地域の福祉現場の実情を知ってもらうことを主眼にして、社会貢献的な意味合いがあることも伝えています。生活サポーターに応募してきた市民には、「あなたの得意なことを生かして、あたたかい地域づくりにぜひ力を貸して下さい」と呼びかけています。
五嶋さんらは、生活サポーターの養成と採用に関するマニュアルも作成しました。メソッドを地域に展開していくためには、マネジメントや他の職員の意識改革、関わりも大切だからです。
年間100人以上の実習生を受け入れ
大樹会には若い世代を引きつけている点も特徴です。地方都市でも介護人材の不足は喫緊の課題であり、大樹会がある京都府北部地域も例外ではありません。大都市圏から離れた舞鶴市という立地であっても、この地域に若手の介護人材を呼び込むために大樹会は、京都市内などにある福祉系学部を有する11大学と連携し、年間100人以上の実習生を受け入れてきました。
これだけの大学生が実習を希望してくる背景の一つが事業展開です。実習先選びは就職活動の一環であり、介護や介護予防のサービスだけでなく、障害児や障害者への通所サービス、保育園、学童保育の運営など地域のあらゆる世代への福祉サービスに取り組み、職員となればいずれこのようなリソースをつなげて仕事を考えたり、ライフステージに合った働き方が可能だったりするからです。
特別養護老人ホームの職員だからといって、その職務にとどまらず、新たな提案をする機会とそれを大樹会の事業として展開していく懐の広さがあります。その点は、大学生が就職先として重視する「自分の成長につながるか?」というポイントに答えています。介護の質の向上だけにとどまらず、ユニットのマネジメント、地域の福祉課題の解決に向けた新事業展開といったことに取り組めるチャンスがある「風土」を備えている点が、一般的な介護の現場と違うところです。「地域をデザインしていこう」とする取り組みや風土です。
新卒採用で応募してくる大学生が重視しているポイント
地域の空き家や古民家を利用した小規模多機能施設4カ所の運営でも、利用者だけでなく、地域住民にいかに役立つかという点を重視しています。普段からコミュニティー拠点として使ってもらえるように地域の人たちが気軽に集まれる行事を開催したり、台風などの災害時には一人暮らしの高齢者を預かるサービスをしていたりしています。
事業設計で最重視しているのは地域のニーズです。収益性の低い事業でもその地域に必要とされているサービスであれば優先して取り組みます。経営者にこうした志があるのかどうかということを新卒採用で応募してくる大学生たちは見抜いてきます。こうした事業の中には収益性の低いものもありますが、収益性の高い事業と組み合わせることによって全体の収益のバランスを図っています。
大樹会が採用する新卒採用の半数は福祉系学部以外の大学学部出身者で占められており、法学部、経済学部、理工学部と多様です。近年は、最初から起業を目指して入職する新卒採用者もおり、すでに認知症デイサービスの事業所を他県で起業した若手職員も出てきています。
大橋さんはこう話します。
「私たちは、地域住民の生活課題を社員一人一人が把握し、社内で情報共有しています。そして、『どうしたらこの生活課題を解決できるか?』と問い続け、社員同士がフラットに話し合い、学び合う環境を大事にしています。また、チームマネジメントをする立場にあっても、『教える』のではなく、『教わる』姿勢を持ち、自分を成長させることが大切だと考えています」
吉田千鶴さんからのメッセージ
無理せずに自分のペースで働けるので長く続けたい
- 吉田千鶴さん(よしだ・ちづる)
- 70歳。7年前に夫の病気の看護・介護のために事務職員を辞める。夫を看取った後、知人の紹介により2020年1月から特別養護老人ホームやすらぎ苑のアシスタント職として働き始める。一人暮らし。
7年にわたる夫の看護・介護を続け、看取った後、郊外にあった自宅を売却して、生活しやすい街中のマンションに引っ越してきました。知人が「やすらぎ苑」で介護職員を募集していることを教えてくれたのですが、私は資格を持っていなかったので断ったところ、「朝2時間、朝食の準備ならどう?」と誘ってくれたのです。それなら毎日家族のためにやってきたことなので私にもできると思って引き受けました。
やすらぎ苑は、私の両親が看取りまでお世話になり、通い慣れた施設だったので働く環境に不安はありませんでした。ボランティアではなく、パート職員として雇用してもらえるのも良かったです。
現在は午前7時30分から午前9時30分までの2時間、週4日働いています。仕事が終わってから自分の時間もたっぷり持てますし、毎日決まった時間に起きることで1日の生活にリズムが生まれてきます。
10人の利用者さんが暮らすユニットを担当し、利用者さんが自室から食堂に出てきて食卓についたら朝食を配膳し、お茶を出したり、食べ終わったらお膳を下げたりしています。食事の後片付けが終わったら利用者さんの洗濯物を整理して各部屋のタンスにしまい、昼食用のお米を研ぎ、おみそ汁の下ごしらえをするところまでです。作業の合間に利用者さんともおしゃべりできるのが楽しいです。
私はお菓子づくりが好きなので、月1回、管理栄養士さんが作るお菓子づくりの手伝いもしています。おはぎを手作りしたときは、利用者さんがとても喜び、私のやりがいにつながっています。
「何歳まで」という年齢的な目標はありませんが、自分のペースで働けるので長く続けたいと思っています。張り合いのある生活は、介護予防にもなりますから。
▼介護の現場で働き続けられる理由と条件
- 家事の延長で行える仕事で負担がない
- 働く時間を選べて短時間労働が可能
- 自分の時間を十分に持つことができる
- 趣味や特技をいかせる
- 自宅から近くて通いやすい
1983年1月、法人設立(理事長・大橋正一)。1983年に特別養護老人ホームやすらぎ苑を開所し、その後、デイサービス、在宅介護支援、ホームヘルパーサービス、認知症対応グループホーム、小規模多機能型居宅介護、介護予防事業など介護領域全般に業務を拡大。近年は、保育園、障害児学童、放課後デイサービスなど、子どもや障害児に関わる福祉領域の事業にも積極的に取り組む。
1983年5月開所。2019年4月、東舞鶴駅近くの街中に新築移転。全室個室(トイレ付き)のユニットケアに一新し、「生活の継続性」と「個別性」を重視したケアに取り組む。定員80人。利用者の平均年齢は87歳。要介護度の平均は4.0。職員数は81人(正職員46人、非常勤職員35人〈うちアシスタント職7人〉)。職員の平均年齢は40.7歳。