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健康だから働くのではなく、健康のために働く「就労トライアル」 介護人材確保を支援する宝塚モデル

「就労トライアル」を経て「宝塚せいれいの里」で働く伊福博さん(左)と松尾治江さん。この施設では、オレンジ色の制服は「サポーター」、ラベンダー色の制服は「介護補助」を意味する=2021年2月3日撮影、宝塚せいれいの里提供

兵庫県宝塚市が始めた「健康・生きがい就労トライアル」が注目されています。高齢者の健康維持と生きがいづくりに、介護施設や保育園での「周辺業務」の仕事を組み合わせた取り組みです。宝塚市と市民による「宝塚市お互いさまのまちづくり縁卓会議」から生まれたものです。「健康・生きがい就労トライアル」を経て、その後も介護施設で働く人たちに、この制度の意味やその後の変化について聞きました。

伊福博(いふく・ひろし)

69歳。宝塚市出身。子ども3人は独立し、現在は妻と二人暮らし。62歳で自動車会社を定年退職し、趣味を楽しむ傍ら、240世帯が入居する集合住宅の自治会長として地域活動に尽力。一人暮らしの父親の看取(みと)りの過程で、ケアマネジャーの献身的な仕事ぶりに触れ、介護に関心を抱く。「明るく・楽しく・仲良く」がモットー。

松尾治江(まつお・はるえ)

72歳。岡山県出身。1975年に家を購入し、宝塚市に転入。夫は6年前に他界。子ども2人は独立し、現在は大学に通う孫娘と暮らす。知的障害者施設で約20年間の勤務経験があり、介護福祉士、知的障害者支援専門員、調理師の資格を持つ。介護保険制度ができる前、姉妹4人が交代で親の介護に通った経験を持つ。「忍耐強さ」に自信あり。

市民発案で始まった「健康・生きがい就労トライアル」

大阪や神戸のベッドタウンの宝塚市。2015年8月、WHO(世界保健機関)が提唱する「エイジフレンドリーシティ・グローバルネットワーク」のメンバーに承認され、高齢者にやさしいまちづくりの実現へ動き出しました。2017年3月、エイジフレンドリーシティ宝塚としての行動計画を策定。2018年9月、エイジフレンドリーシティを推進するため、公募された市民と市役所職員による「宝塚市お互いさまのまちづくり縁卓会議」(以下、「縁卓会議」)が設けられました。そこで市民側から提案された「健康・生きがい就労トライアル」(以下、「就労トライアル」)は2019年から事業化されています。

伊福博さんと松尾治江さんは、2019年に市の広報紙で2回募集があった「就労トライアル」に応募。説明会や受け入れ介護施設「宝塚せいれいの里」の現地見学会、3カ月間のトライアル勤務を経て、正式に雇用契約(非常勤の有期雇用)を結んで働き始めた人たちです。伊福さんは週3回、午前9時~午後1時まで、松尾さんは週2回、午前11時~午後2時まで働いています。

伊福さんや松尾さんは、なぜ「就労トライアル」に参加したのでしょうか?

伊福さんが介護予防に関心を持つきっかけは、240世帯ほどが暮らす集合住宅の自治会長になってからです。高齢化率が35%前後あり、一人暮らしの高齢者が十数人いることを知りました。

「62歳で自動車会社を定年退職し、しばらく趣味を楽しんでいましたが、自治会活動を通じて地域の高齢化の深刻さを肌身で感じました。自治会傘下のグループを組織して『高齢者を独りにしない』『外に出てきてもらう』ために様々な行事を仕掛けました。カラオケ、マージャン、囲碁、夏祭り、旅行……。こうした活動のなかで高齢者との会話の楽しさに気づき、複雑な高齢者の思いに触れ、何か手伝えることはないかと考えるようになりました」(伊福さん)

知的障害者施設で約20年間の勤務経験がある松尾さん。当時勤務していたグループホームでは70歳を超えると雇用契約の更新はしないと聞き、次なるステージを求めて「就労トライアル」に参加しました。

「体は元気だし、おしゃべりするのも大好きだし、70歳を過ぎても働ける場所はないかなと考えていました。そんなとき広報紙で『就労トライアル』を見つけました。紹介した友だちもバリバリ働いています」(松尾さん)

体操を指導する伊福さん=2021年2月3日撮影、宝塚せいれいの里提供

トライアル終了後の就労継続率は76%

「就労トライアル」は、1回目は試験的に「宝塚せいれいの里」1カ所でしたが、2回目からは10カ所(受け入れ実績があるのは9カ所)に拡大しました。介護施設のほか、保育園の「周辺業務」にも拡大しています。

これまで2回あった募集では計70人が参加し、トライアル終了後も雇用契約を結んで働き続ける人の割合を示す継続率は76%です。年齢が一番高い人は81歳。アンケートによると、就労することが始めてだったり、5年以上のブランクがあったりする人たちが、6割を占めています。9割の人たちが満足感を持っています。

受け入れ施設側も7割が満足と回答しています。「スタッフの指導を率直に聞いていた」「若いスタッフとうまく交流していた」「働く意義を理解し、勤労意欲が旺盛」「責任感があり勤勉」といった自由回答が寄せられました。

例えば、伊福さんの業務内容は、朝食の後片づけ、全フロアの消毒、利用者のリハビリ体操やレクリエーションの手伝い、午後はチェックシートに基づく点検・清掃(車いすや冷蔵庫の掃除、消耗品の補充)などです。松尾さんは、シーツ交換、食事支援、洗面用コップの消毒、食事の後片付けが主な仕事です。

「宝塚せいれいの里」ケアサービス課長の赤井祐さん(46)は、トライアル受け入れに参加した理由をこう説明します。

「こうした間接的介助(『周辺業務』のこと)は業務全体の5分の1を占めており、それを担ってくださるのが伊福さんや松尾さんのようなケアサポーター(ケアサポ)です。間接的介助といっても、当施設では10人を1組としたユニットケアを導入しているため、利用者さんとの距離が非常に近いのが特徴です。利用者さんとのコミュニケーションが可能な環境にあります」

縁卓会議のメンバーで「就労トライアル」の提案者である大阪ガス株式会社近畿圏部エネルギー文化研究所の遠座俊明さん(62)は、狙いについてこう話します。

「健康だから様々な活動ができるのではなく、活動しているから元気でいられる、という考え方に基づき、健康のために働くのが『就労トライアル』です。それを実際の社会システムに落とし込みました。継続性を持たせるために、高齢者が自分の時間を大切にしながら空いた時間を有効に使いたい、というニーズに応えることを第一に考えています」

利用者のベッドの手すりをふく松尾さん=2021年2月3日撮影、宝塚せいれいの里提供

仕事のステップアップができる仕組みを導入する事業所も

伊福さんや松尾さんのようなアクティブシニアの人たちも、介護施設で働く側に立つと新たな気づきや学びもあります。

「『お年寄りを元気にしたい』との一心でこの仕事を始めました。しかし、昨日まで楽しくお話をしていた利用者さんでも、翌朝出勤するともうおられないことがありました。しばらくはその現実を受け入れることができませんでした。でも、何度かそうした経験をして、その都度、妻につらさを打ち明けるなどして気持ちを立て直すことができるようになりました。今では、お元気なうちにできる限りのことをしようという思いのほうが強くなりました」(伊福さん)

当初、担当する40人の利用者の顔と名前が一致せず苦労したという伊福さんですが、今では「また明日来るから元気で待っててね」と声をかけると、「待ってるでー」「絶対来てやー」と返ってくるようになりました。自分が慕われ、求められていることにやりがいを感じています。

松尾さんも同じような経験をしています。

「利用者さんは人生経験の豊かな大先輩ですから、サポートの方法も声掛けの仕方も工夫が必要です。認知症のある方は、何も話さない、反応がない、と思われがちですが、話しかけ続けているとふいに『そうやね』などと言葉を返してくださることがあります。私の声掛けやかかわりによって、利用者さんから何かを引き出すことができるということを通じて、この仕事にやりがいを感じています」(松尾さん)

「宝塚せいれいの里」では、「周辺業務」のみを行う「サポーター」、三大介助のうちの一つを行う「介護補助」、三大介助のすべてを担う「介護職員」の三つの職種を設け、仕事のステップアップができる仕組みを導入し、報酬にも反映させています。

伊福さんは「サポーター」、松尾さんは三大介助のうち食事介助のみを行う「介護補助」の職に就いています。その狙いについて赤井さんはこう説明します。

「アクティブシニアの人たちは、資格を持っていたとしても若い頃と同じようにフルタイムですべての業務を担う働き方を希望されるとは限りません。ご自分の時間も大切にしながら、体力や気力と相談しつつ、無理なく長く続けていただくことが目指すところです」

2019年の「就労トライアル」の説明会=宝塚市提供

宝塚市健康福祉部地域福祉課の担当者からのメッセージ

男性の参加を促すために新分野開拓へ

北村恭平(きたむら・きょうへい)

33歳。2018年の「縁卓会議」スタート時から関わり、「就労トライアル」も設計段階から担当する。福祉関連の職場経験は5年目。

北村恭平さん=宝塚市提供

「就労トライアル」事業は、市が募集をし、説明会をセッティングすることで、市民は安心して参加してくれます。これまで介護事業所が個別に求人広告を出しても人が集まらないという悩みが解決でき、「健康のために、無理せず、無理のない範囲で社会貢献ができて、人に感謝されながら働く」ことの効果を強調することで、高齢者の健康志向や潜在的な就労意欲を触発することに成功したと考えています。

お試し期間を3カ月と明記することで、介護業界での就労への間口を広げ、まずは体験してもらうことで介護現場のマイナスイメージを払拭(ふっしょく)したいという介護事業所の狙いも込められています。

市は説明会を開催するだけで、雇用形態や賃金、業務内容などは各介護事業所にお任せしています。実際の求職手続きもハローワークに協力を要請し、説明会に参加した人のみが応募できる「非公開求人」とし、説明会会場で登録ができるように便宜を図ってもらっています。

今後の課題は、男性の参加が10~15%にとどまる点です。そこで現在、男性でも参加しやすい分野を開拓すべく、新たに農業や学校、ICTサポーターなどを計画中です。こうしたことを円滑に運営していくため、2021年春には縁卓会議の遠座さんが中心となってNPO法人を設立する予定です。

「就労トライアル」事業は、他の自治体への横展開も積極的に行っています。2020年には手引書を作成し、希望する自治体に配布しています。大阪府摂津市や福岡県飯塚市も導入に向けて動き出しています。

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