認知症とともに生きる「希望大使」、誕生

希望大使として任命された5名(左から春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さん)

厚生労働省が主催する「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」が2020年1月20日、全社協・灘尾ホール(東京都千代田区)で開かれ、一般参加者156人、メディア関係者26名が参加しました。認知症になっても希望を持ち、前を向いて暮らしている姿を全国に発信することを通じて、認知症に関する普及啓発を行う「希望大使」に、認知症当事者である丹野智文さん(46)=仙台市、藤田和子さん(58)=鳥取市、柿下秋男さん(66)=東京都品川区、春原(すのはら)治子さん(76)=長野県上田市、渡邊康平(やすひら)さん(77)=香川県観音寺市=の5人が任命されました。イベントでは、5人によるパネルディスカッション「希望ミーティング」などを通じて、認知症に関する社会の理解を訴えました。その模様をお伝えします。

認知症本人大使(希望大使)任命イベントのダイジェスト動画

認知症本人大使(希望大使)任命イベントのダイジェスト動画

(希望大使プロフィール)

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)に任命された丹野智文さん。仙台市在住、46歳。自動車販売会社に勤めていた39歳の時、若年性アルツハイマー型認知症と診断される。2015年、認知症当事者の相談窓口「おれんじドア」を開設する。国際アルツハイマー病協会(ADI)国際会議に参加するなど、国内外で積極的に講演活動をしている
丹野智文(たんの・ともふみ)
仙台市在住、46歳。自動車販売会社に勤めていた39歳の時、若年性アルツハイマー型認知症と診断される。2015年、認知症当事者の相談窓口「おれんじドア」を開設する。国際アルツハイマー病協会(ADI)国際会議に参加するなど、国内外で積極的に講演活動をしている。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)に任命された藤田和子さん。鳥取市在住、58歳。看護師として働いていた45歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断される。診断直後から、認知症の本人たちが前向きに生き、仲間をつくり、社会に参加していくための活動を続けている。現在、「日本認知症本人ワーキンググループ」代表理事
藤田和子(ふじた・かずこ)
鳥取市在住、58歳。看護師として働いていた45歳の時にアルツハイマー病と診断される。診断直後から、認知症の本人たちが前向きに生き、仲間をつくり、社会に参加していくための活動を続けている。現在、「日本認知症本人ワーキンググループ」代表理事。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)に任命された柿下秋男さん。東京都品川区在住、66歳。東京教育大(現筑波大)在学中の1976年、モントリオール五輪にボート競技で出場。青果会社在職中にMCI(軽度認知障害)の診断を受け、1年半後の62歳で退職。現在、初期の認知症。筋肉トレーニングや芸術療法などのリハビリテーションの推進や、地域見守り活動などの社会貢献活動を精力的に行っている
柿下秋男(かきした・あきお)
東京都品川区在住、66歳。東京教育大(現筑波大)在学中の1976年、モントリオール五輪にボート競技で出場。青果会社在職中にMCI(軽度認知障害)の診断を受け、1年半後の62歳で退職。現在、初期の認知症。筋肉トレーニングや芸術療法などのリハビリテーションの推進や、地域見守り活動などの社会貢献活動を精力的に行っている。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)に任命された春原治子さん。長野県上田市在住、76歳。教員を定年退職後、小学校の授業支援をしたり、放課後児童広場を立ち上げたりしている。認知症の診断を受けた後も特別養護老人ホームでのボランティアや地域活動を続けている
春原治子(すのはら・はるこ)
長野県上田市在住、76歳。教員を定年退職後、小学校の授業支援をしたり、放課後児童広場を立ち上げたりしている。認知症の診断を受けた後も特別養護老人ホームでのボランティアや地域活動を続けている。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)に任命された渡邊康平さん。香川県観音寺市在住、77歳。日本電信電話公社(現NTT)を経て、50歳から観音寺民主商工会に勤務。72歳で脳血管性認知症と診断される。現在は、同県三豊市立西香川病院の非常勤相談員として、院内のオレンジカフェ(認知症カフェ)で当事者の相談・支援活動に従事している
渡邊康平(わたなべ・やすひら)
香川県観音寺市在住、77歳。日本電信電話公社(現NTT)を経て、50歳から観音寺民主商工会に勤務。72歳で脳血管性認知症と診断される。現在は、同県三豊市立西香川病院の非常勤相談員として、院内のオレンジカフェ(認知症カフェ)で当事者の相談・支援活動に従事している。

■加藤勝信厚生労働大臣による主催者あいさつ(大島一博・老健局長代読)

加藤勝信厚生労働大臣による主催者あいさつ(大島一博・老健局長代読)。厚生労働省が主催する「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」にて
加藤勝信厚生労働大臣による主催者あいさつ(大島一博・老健局長代読)

我が国における認知症の人の数は2012年に460万人、25年には約700万人になると推計されています。認知症施策は国をあげて取り組む喫緊の課題です。これまで、認知症施策の国家戦略である新オレンジプランのもと、対策を進めてまいりましたが、取り組みをより一層進めるため、18年12月に認知症施策関係閣僚会議を設置し、19年6月に認知症施策推進大綱をとりまとめました。この大綱では共生の基盤のもと、予防の取り組みを進めることとし、認知症の方々が住み慣れた地域で、自分らしく暮らし続けられる社会の実現を目指しています。こうした社会の実現には、認知症への社会の理解を深め、同じ社会の一員として、ともに地域をつくっていくことが重要となります。このため、大綱では新たに本人発信支援を普及啓発の柱の一つとして位置付けており、認知症の方ご本人からの発信の機会を増やしていきたいと考えています。認知症という病気は私たちの人生の一部です。仮に認知症と診断されても、その日から何もできなくなるわけではありません。認知症になっても、自分らしく人生を生きている人はたくさんいます。認知症の方が生き生きと活動している姿は、認知症に対する社会の見方を変えるきっかけともなり、多くの認知症の方に希望を与えるものです。そのため本日、認知症に関する普及・啓発を行う大使を「希望大使」と命名し、認知症とともに前を向いて暮らしておられる5人の方々を任命することにいたしました。18年11月には、「一度きりしかない人生を諦めず、希望を持って、自分らしく暮らし続けたい」「一人でも多くの人に、これまでの否定的なイメージを打ち破って、希望を持ってよりよく生きていって欲しい」と心から願う認知症の人たちが『認知症とともに生きる希望宣言』を発表しています。希望大使のお力も借りながら、この宣言を希望の輪として広げていき、全国どこにいても、認知症とともに希望を持って、自分らしく暮らすことのできる地域共生社会の実現を目指し、政府一丸となって取り組みを進めていくことを宣言いたします。

■ゲストスピーチ(1):認知症の人と家族の会・鈴木森夫代表

ゲストスピーチを行う認知症の人と家族の会・鈴木森夫代表。厚生労働省が主催する「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」にて
ゲストスピーチを行う認知症の人と家族の会・鈴木森夫代表

若年性認知症当事者として、いち早く声を上げたオーストラリアのクリスティーン・ブライデンさんの著書がきっかけとなり、日本でも2000年ごろから当事者が自ら語り始めました。04年に京都で開かれた国際アルツハイマー病協会の国際会議では、当時57歳だった越智俊二(おち・しゅんじ)さんが「治りたい、働きたい、妻に恩返しがしたい」と語って感動を呼び、その後も自身の思いを語る当事者たちは後を絶ちません。こうした声は当事者だけでなく、介護する家族にも大きな力を与え、まさに希望のリレーだと言えます。しかし、認知症に対する偏見や誤解は今なお残っています。国際アルツハイマー病協会が昨年行ったアンケートでは、「自分の思いを周囲が真剣に受け止めてくれない」と答えた当事者たちは85%に及びます。また、介護者についても、「自分の家族が認知症と診断を受けたことを隠した経験がある」と答えた人は35%でした。このような偏見を解消するには、まだまだ時間が必要でしょう。希望大使に任命された皆さんが、これからそれぞれの地域で希望のリレーをつなげ、少しずつでも世の中が変化してくことを願っています。

■ゲストスピーチ(2):東京都健康長寿医療センター研究所・粟田主一研究部長

ゲストスピーチを行う東京都健康長寿医療センター研究所・粟田主一研究部長。厚生労働省が主催する「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」にて
ゲストスピーチを行う東京都健康長寿医療センター研究所・粟田主一研究部長

2019年6月に認知症施策推進大綱が閣議決定され、「共生と予防の推進」という基本的な考えのもと、五つの施策が掲げられました。第1の施策として、「普及啓発・本人発信支援」が定められ、認知症に対する否定的なイメージを払拭(ふっしょく)するため、認知症本人大使(希望大使)の創設が示されています。認知症に対する偏見の解消は、我が国の認知症施策の中心的なテーマであり続けました。たとえば、04年には、偏見を解消するために「痴呆(ちほう)」から「認知症」に呼称が変更され、その後、わが国の認知症の医療・介護の質は確かに向上しました。しかし、いまなお「認知症になったら、何もできなくなる」という固定観念は払拭されず、認知症と診断された人が社会から取り残され、希望を失い、尊厳を失ってしまうという現実は変わっていません。このような状況の中で、本人たちが立ち上がり、声を上げ、状況を変えていこうと動き出しました。今回、希望大使に選ばれた藤田さんらが中心となり、14年に我が国で最初の認知症当事者組織である「日本認知症本人ワーキンググループ」が誕生しました。こうした動きをきっかけに、15年には認知症の本人と家族の視点を重視する「認知症施策推進総合戦略」が策定されました。以降、当事者同士が主体的に出会い、語り合う活動がますます活発になっています。認知症ケアでよく使われるパーソン・センタード・ケアという言葉があります。この言葉は「新しい文化」をつくることを意味しています。それは「認知症とともに生きる本人も、家族も、支援する人々も、一人ひとりの人生が大切にされ、尊重される文化」にほかなりません。本日希望大使に任命された5人の皆さんは、そうした新しい文化を切り開く人たちであり、本人はもちろん、全ての人に希望のリレーをつなぐ希望大使であると私は考えています。

■協力団体からのメッセージ

協力団体からのメッセージを紹介する司会の町亞聖氏。認知症フレンドシップクラブ、全国若年性認知症家族会・支援者連絡協議会、全国キャラバン・メイト連絡協議会からの祝辞も紹介。厚生労働省が主催する「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」にて
協力団体からのメッセージを紹介する司会の町亞聖氏

認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ

認知症当事者である皆さんが「自分たちはどう感じているのか」「どうしたいと思っているのか」を発信し、それを受け止める動きは日本のみならず、世界の潮流です。認知症とともによりよく生きることが可能であるという声を届ける取り組みは、社会の流れを変える大きな一歩になると確信しています。このほか、認知症フレンドシップクラブ、全国若年性認知症家族会・支援者連絡協議会、全国キャラバン・メイト連絡協議会からの祝辞も紹介された。

■英語によるビデオメッセージ:クリスティーン・ブライデンさん(46歳で若年性認知症の診断を受け、その体験を世界に向けて発信し続けてきた。「本人発信の先駆者」と呼ばれる)

英語によるビデオメッセージ:クリスティーン・ブライデンさん(46歳で若年性認知症の診断を受け、その体験を世界に向けて発信し続けてきた。「本人発信の先駆者」と呼ばれる)

(日本語訳)
日本のみなさま、こんにちは! 希望大使は認知症とともに生きる私たちだけでなく、社会全体にとって意義のある重要な任務だと思っています。私たちは認知症と診断された時の不安と恐怖、苦しみ、ショックを体験しています。また同時に、みなさんと同じように日々の幸せをかみ締め、生きる喜びを感じながら過ごしています。認知症になっても、一人ひとりに合ったサポートがあれば、生きがいのある人生が送れます。多くの人たちの希望であり、大切なことを伝える役割を担った希望大使のみなさんには、ぜひこうしたメッセージを広めていってもらいたいです。また、日本政府や厚生労働省におかれましては、認知症とともに生きる私たちを含め、全ての人たちが生きがいを持って人生を送れるよう、さまざまな政策を打ち出して下さり、感謝しております。そして今後も、認知症の人たちが生きる意味を持って暮らせる社会の構築に向け、日本が世界を先導していってくれることを期待しています。認知症とともに歩む私の人生も少しずつ変化してきていて、徐々に言葉が出なくなったり、物事が思い出せなくなったりすることも増えましたが、家族に支えられ、今は4人の孫の成長を見守ることが何よりの喜びです。ほかにもいろんなことがありました。船旅をしたり、博士号を取得したり、何度も日本に行く機会に恵まれたことも大切な出来事です。希望大使のみなさんの活躍をお祈りするとともに、いつの日かお目にかかれることを楽しみにしています。

クリスティーン・ブライデンさんのメッセージ動画

クリスティーン・ブライデンさんのメッセージ動画

■希望大使の任命と任命証授与(橋本岳厚生労働副大臣)

希望大使の任命と任命証授与の模様はこちら

■任命大使本人によるスピーチ(1):藤田和子さん

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された藤田和子さんによるスピーチ。若年性アルツハイマー型認知症の当事者。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

希望大使が誕生した本日2020年1月20日が、認知症とともに生きる共生社会の新たな幕開けになることを心から願っています。現在もなお、「認知症になると何もできなくなる」「認知症になりたくない」といった絶望的なイメージが根強く残っています。いくら認知症について学び、サービスやケアを増やしたとしても、そうしたイメージが残る限り、認知症の人が自分らしく、幸せな人生を送ることはできません。この絶望というバリアーを一日も早く取り払い、希望を持って生きていくことが当たり前の世の中になって欲しい。そんな地域社会をつくりたい。これこそが、私たち希望大使の願いであり、ミッションです。そのために希望大使として、次の二つのことをしていきたいと思います。まず、私たちがさまざまな差別やバリアーに傷つきながらも、希望を持って、前を向いて歩んでいく姿と声を社会に示し続けます。私たちの姿と声に触れることで、認知症の当事者が元気を取り戻し、自分らしく生きていってもらいたい。そして、まだ認知症になっていないすべての人が、私たちの姿や声から、「認知症になっても、楽しく生きていける」「自分が認知症になっても、諦めないで声を出していこう」ということを感じてもらえたらうれしいです。そして、大使としてやるべきことの二つ目は、私が代表理事を務める日本認知症本人ワーキンググループの『認知症とともに生きる希望宣言』を全国に伝えていくことです。この希望宣言は認知症とともに生きる一人ひとりが自身の体験と思いを言葉にし、知恵を絞ってまとめたものです。私たちは一度しかない自分の人生を諦めることなく、希望を持って、自分らしく生きていきたい。そして、次に続く人たちが暗いトンネルに迷い込むことなく、自分らしい人生を送って欲しいと願っています。最後になりますが、私たちがこうしていられるのは、認知症であっても、自分自身そして地域のために、前を向いてともに歩んできている各地の多くの仲間たち、そして味方の存在があってこそです。希望のある日々に向け、この希望宣言がさざ波のように広がり、大きなうねりとなっていくことを心から願っています。

■任命大使本人によるスピーチ(2):渡邊康平さん

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された渡邊康平さんによるスピーチ。血管性認知症の当事者。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

私は約5年前に血管性認知症と診断され、奈落の底に落とされました。しばらくはうつ状態となり、体重も25キロ減ってしまいました。それから少しずつ知り合いや近所の人に認知症になったことを打ち明け始めましたが、「おたくは認知症の血筋なんですか?」などという心ない言葉に傷つけられたこともありました。私は何も言い返すことができませんでした。相手に悪気があったのではなく、認知症に対する理解が足らなかっただけです。こうした経験をしているのは私だけではありません。周りにいる当事者たちも無視されたり、見下されたり、疎外感を抱えている人が多くいます。そんな私が認知症になっても自分らしくいられるのは、家族や地域の人たち、そして同じ希望大使である丹野さんをはじめとする当事者たちとの出会いです。丹野さんが講演会で生き生きと話す姿を見て、「自分もこんな活動をしたい」と思うようになりました。当事者同士でしか分かり合えない悩みや思いを伝え合い、つながっていくことは大切です。私は現在、地元の(香川県)三豊市立西香川病院にあるオレンジカフェ(認知症カフェ)で相談員として活動しています。当事者の多くは自分の思いを言葉にすることができません。できないことは仕方ない。でも、認知症になってもできることや楽しめることはたくさんあります。そこで私は自分の体験を話し、当事者やその家族たちに立ち直ってもらうための活動をしています。こうした活動の輪を広げていくべく、みなさんの周りに当事者がいたら、ぜひその声に耳を傾け、理解してもらいたいです。本日のイベントをきっかけに、認知症になっても胸を張って、自分らしく生きられる社会をつくっていきませんか。

■希望ミーティング:「私たちの体験を生かし、希望をもって暮らせる社会を作り出そう」

パネリスト = 希望大使5人
ファシリテーター = 認知症介護研究・研修東京センター・永田久美子研究部長

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さんによる「希望ミーティング」が行われた。ファシリテーターは認知症介護研究・研修東京センター・永田久美子研究部長。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子
希望ミーティングの様子

永田 希望大使に任命された5人の方たちは一人ひとり年代や住んでいるところ、病状、これまで過ごしてきた人生が違います。認知症になってつらい体験をしたこともあると思いますが、よりよい社会をつくっていくため、自身の経験をどのように生かしていくか。そして、現在の活動の原動力について教えてください。

丹野 私はちょうど6年半前、39歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。1年半くらいは不安と恐怖で毎晩のように泣いていました。その後、笑顔で元気に暮らしている当事者と出会い、「この人みたいに生きたい」と思ったのが、現在のような活動を始めるきっかけでした。先ほど渡邊さんがスピーチで「丹野さんみたいになりたい」と言ってくださいましたが、かつて私が感じた思いが広がっていることをうれしく思います。認知症である私がこうやってお話ししているのは、決して特別なことではありません。勇気を出して一歩踏み出し、不安と闘いながらここに立っています。不安を消すことはできませんが、仲間の存在によって不安は少なくなります。だから、みなさんもたくさんの仲間とつながってください。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された丹野智文さん。若年性アルツハイマー型認知症と診断され、現在の活動に至る経緯を話す。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

柿下 現在は初期の認知症ですが、デイサービスセンターなどに通いながら暮らしています。診断を受けた時はやはり落ち込みました。でも、その後、いろんな人と出会いがあり、ソフトボールなどのスポーツを通して、「自分もまだまだできる」という実感を取り戻していきました。すると、自信がついて明るくなり、自然と仲間が近寄ってきます。「認知症だから支えてあげないと」ではなく、対等に向き合い、言いたいことを言い合える関係は自信や成長につながります。そんな社会をつくっていけたらと思っています。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された柿下秋男さん。認知症当事者が対等に向き合うことができ、自信や成長を促す社会をつくりたいと話す。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

春原 長野県上田市からやって来ました。認知症については、診断を受ける前に地元のセミナーで学んでいて、偏見や先入観はありませんでした。それから私も認知症になったわけですが、私は私。以前からしてきたボランティア活動などを続けていますし、5年後も、10年後も同じように過ごせるよう、がんばっていきたいです。

藤田 私もみなさんと同じように、自分が動いていくことの大切さを感じています。認知症になっても前を向いて過ごすためには、「これをしたい」という思いを押し込めることなく、しっかり出し続けることが大事だと思います。私の場合、先ほど、ビデオメッセージをいただいたクリスティーンさん、ここにいる5人の仲間たちとの出会いがきっかけとなり、「もっといい社会にしたい」という気持ちを持つようになりました。そうした思いと家族の支えが現在の活動の原動力になっています。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された藤田和子さん。もっといい社会をつくりたいと、自身の活動の原動力となった思いを話す。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

渡邊 2年半にわたって週1回のオレンジカフェを続けています。初めて来られた当事者と家族には、それぞれの思いをはっきり伝え合ってもらっています。当事者はなかなか自分の思いを言葉にできませんが、私たちが手助けをすることで、次第に語り始めます。多くの当事者は「できることを続けていきたい」と願っていて、その思いに対して家族は「支えていく」と応えてくれます。さまざまな当事者や家族と出会い、話をすることが私の生きがいでもあります。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された渡邊康平さん。オレンジカフェ(認知症カフェ)を開き、認知症当事者や家族の話を聞いている。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

永田 希望大使のみなさんがよく言っているのは、「当事者の声を聞くだけで終わらせてはいけない」「当事者とともに一歩踏み出し、いい社会を一緒につくっていこう」ということです。そこで、みなさんが今後やっていきたいことや夢を聞かせてください。

春原 これまで身近に暮らしている地域のみなさんには、自分の認知症のことを伝えてきました。今後は別の地域にも足を運び、認知症や私の思いをお話しすることで、理解が広まっていけばと思います。ほかにも、毎月開催しているオレンジカフェでは当事者同士が顔見知りになり、悩みや生活の工夫を話し合える場になっています。今後もこうした居場所づくりを続けていきたいですね。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん。認知症の理解が深まる活動を行っている。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

藤田 私は「認知症になっても変わらずにいたい」という思いを持っています。そうした社会をつくるために、当事者として声を発し、動いていきます。そして、同じ思いを持つ仲間とつながることで、活動の輪が広がり、社会を動かす原動力になると信じています。大げさなものではなく、近所の人と公民館でお話しするだけでもいいんです。認知症になってもひとりの人間として尊厳を持ち、周りもそう認めてくれる社会になるまで、諦めずに行動します。

柿下 私はモントリオール五輪(1976年)にボート競技で出場しました。いよいよ今年、五輪が東京にやって来るということで、「何らかの形で参加したい」と聖火ランナーに応募し、選ばれました(会場拍手)。これまでの人生を考えながら、楽しく走りたいというのが今の夢です。

丹野 柿下さんが聖火ランナーとして7月に走ることが決まりました。そして、藤田さんと私も聖火ランナーに選ばれました(再び会場拍手)。「自分も走ってみたい」とそれぞれが個人で応募し、何のコネも使ってないですからね(笑)。私はこれまで、「一人でも多くの当事者たちの笑顔を取り戻したい」という思いで活動してきました。それはこの先も変わることはありません。私が活動を続けられるのは、地元の宮城県をはじめ、全国にいる仲間たち、応援してくれる会社の人たちがいるからです。そして今日、この会場に全国から大勢の当事者たちが駆けつけ、笑顔で見守ってくれています。これってすごいことなんですよ。自分が認知症と知った時のみなさんに笑顔はありませんでした。でも、変わるんです。その事実を多くの人に知ってもらうことで、結果的に社会が変わると信じています。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さんによる「希望ミーティング」が行われた。ファシリテーターは認知症介護研究・研修東京センター・永田久美子研究部長。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」での柿下秋男さんと丹野智文さん

渡邊 一人でも多くの人に「認知症は怖くない」というメッセージを広めるため、あらゆることをしていきます。現在は地域包括支援センターで当事者ミーティングを開いたり、オレンジカフェを催したり、さまざまな交流の場をつくり出しています。例えばそこで「元気がなかったあの人、今はここまでできるようになったね」などと肌で感じてもらえたら、きっと周りの意識も変わっていくはずです。

永田 みなさんは当事者が元気になることで、家族の心配や不安を減らしたいという思いを持っています。誰もが希望を持って暮らしていける社会をつくるため、こうして5人のみなさんが立ち上がりました。最後に、会場のみなさんに向けてメッセージをお願いします。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さんによる「希望ミーティング」が行われた。ファシリテーターは認知症介護研究・研修東京センター・永田久美子研究部長。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子
ファシリテーターを務めた認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子研究部長

藤田 認知症になっても残っている力はたくさんあります。その人の中にある光るものをより輝かせるためには、本人だけでなく、周りの力が必要です。だから、私は「認知症になっても希望はある」と言い続けます。そして、今日ここにいる皆さんもぜひ一緒に広めていってくれたらうれしいです。

柿下 認知症になっても楽しいこと、出会いはたくさんあります。それだけでなく、認知症になったからこそ出会えた仲間や学んだことも少なくありません。一度きりの人生、仲間と一緒に楽しく暮らしていきたいです。

丹野 会場に来ている当事者に伝えたいのは諦めないことです。そして、まだ認知症ではないけれど、これから認知症になるかもしれない人には、こうして笑顔で暮らしている当事者がたくさんいるという事実を知ってもらいたいです。認知症を予防することはできませんが、笑顔で生きている当事者を知ることは備えになります。一人でも多くの人に備えてもらえるよう、私たちと一緒に行動を起こしましょう。そして、私が持っているこの希望のバトンを、次はみなさんのうちの誰かに渡せればいいなと思いっています。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さんによる「希望ミーティング」が行われた。ファシリテーターは認知症介護研究・研修東京センター・永田久美子研究部長。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の様子

春原 2019年12月、頸椎(けいつい)の大手術を受けました。こうした病気やけがはお医者さんや看護師さんしか助けてくれません。でも、認知症は地域の人や仲間たちが助けてくれます。だから、認知症は決してこわいものではありません。困っている時に助けてもらえるよう、日頃からつながりをつくっておくことが大切です。認知症だからと言って閉じこもらず、積極的に外に出て、交流してください。

渡邊 認知症について、しっかりと知ってもらうことで周りの見方が変わっていくと思います。認知症の偏見をなくし、正しい理解を広めるために、ぜひみなさんの力を貸してください。

■クロージング

永田 柿下さん、さっき作戦を立てていたことがありますよね。

柿下 忘れた(会場爆笑)。

永田 ぜひやりたいと言っていたことなんですけど。

柿下 ボート競技には、みんなで手を合わせて「がんばろう」「おー」というかけ声があるんですよね。それをやりたいと思います。

この後、希望大使5人が壇上に並んで手を合わせ、柿下さんの「認知症負けないぞ」のかけ声に対し、「おー」と声を上げました。

永田 会場には道を切り開いてきた認知症当事者の方が20人ぐらい来ています。ぜひ一緒に声を上げましょう。みんなが主役、みんなが主人公です。

拍手の中、会場の認知症当事者が数人登壇し、希望大使とともに並んだ。「希望大使」のかけ声に対し、「おー」と唱和し、イベントは終了した。

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さん。「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」の会場に詰めかけた認知症当事者たちと撮影
会場に詰めかけた認知症当事者達とともに

■記者会見

厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さん。写真は「認知症本人大使(希望大使)任命イベント~私たち本人と一緒に希望の輪を広げよう~」後の記者会見
記者会見で質問に答える希望大使のみなさん

イベントの後、即席の記者会見の場が設定され、希望大使の5人がメディアからの質問に答えた。聖火ランナーへの意気込みを尋ねられると、「これまで認知症の人が聖火ランナーに選ばれたことはないそうです。もともと走るのが好きだったので、仲間に声を掛けて応募しましたが、選ばれて光栄です」(丹野さん)、「認知症があっても、社会の一員としてこうした舞台に立てることを示していきたいです」(藤田さん)などと話していた。

認知症希望大使はこれから2年間、認知症についての正しい理解を広めるため、さまざまなイベントや国際会議などに参加する予定。自らの言葉で語り、認知症になっても希望を持って、前を向いて暮らすことが出来ている姿を積極的に発信していく。

認知症希望大使ポスター。2020年撮影。厚生労働省から認知症本人大使(希望大使)として任命された春原治子さん、渡邊康平さん、藤田和子さん、柿下秋男さん、丹野智文さん。

認知症本人大使「希望大使」による認知症に関する正しい知識と理解の普及啓発のためのポスターを作成いたしました。

主催:厚生労働省
特別協力:日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)
協力:認知症の人と家族の会認知症フレンドシップクラブ認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ認知症共創未来ハブ全国キャラバン・メイト連絡協議会全国若年性認知症家族会・支援者連絡協議会
企画・運営:なかまぁる編集部(朝日新聞社)

<参考>
認知症本人大使「希望大使」(厚生労働省HP)
認知症とともに生きる希望宣言(一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループHP)

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