コロナ禍で考えたライフスタイル 「健康で幸福で経済的にも豊かでいるためにどうすればいいのか」
取材・岩崎賢一 撮影・北森哲平
「健康で幸せなライフスタイル」という言葉を聞いて、みなさんは何をイメージしますか?
国連のSDGsの目標である「すべての人に健康と幸福を(Good Health and Well-Being)」。この探求に企業と共同で取り組む「筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センター」が2022年4月にオープンしました。その狙いを医師でもある吉本尚センター長に取材しました。
また、なかまぁる編集部では、みなさんが感じている「健康で幸福なライフスタイル」への関心事や課題を募集します(記事末尾をご覧ください)。
生きている間に社会に還元したい
――吉本さんは医師で筑波大学医学医療系の准教授ですが、「健幸ライフスタイル開発研究センター」は何をするところですか。
ライフスタイルは難しい言葉ではありません。人の生活そのものみたいなものでしょうか。人類が存在し始めたときからライフスタイルも存在してきましたが、時代によって変わってきています。
最近だと新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに意識するようになった人が多いと思います。「今後、自分たちはどのように生きていけばいいのか」、「良い暮らしってどういうことなのか」、「健康で幸福で経済的にも豊かでい続けるためにはどうすればいいのか」と。
研究は大切ですが、生きている間に社会に還元されないこともたくさんあります。研究成果がライフスタイルに落とし込まれるまでにはすごく時間がかかります。センターでは発想を転換して「人々はこういうものを求めているから、一緒に開発していこう」というスタンスです。研究と企業のコラボレーションがうまくいけば、タイムダグが短くなります。
感情は期待と現実のギャップから生まれる
――日本では超高齢社会の中で健康寿命をできるだけ長くしていくライフスタイルが求められています。センターでは、心身の健康と主観的幸福感が高いライフスタイルの開発を目指すということですが、主観的幸福感を上げる要因は何ですか。
例えば、経済的な余裕や自分がどれだけ役に立っているかです。「居場所がある」「役割がある」「人とのつながりがある」といったことです。コミュニティの中で暮らすことは大切です。感情は期待と現実のギャップから生まれます。期待が高くない人の方が幸福だなって感じることもあります。「自分はこういう風に生活したいのに」という期待が高ければ高いほど、「現実はこんなことしかできていない」と感じて満足度が低くなってしまうからです。
――人生100年時代といわれる中で50歳や50代がクローズアップされることが多くなってきました。とはいえ、現在50代の人と、10年後、20年後の50代の人では、経験してきたことや暮らしてきた社会が違います。こういうバックグラウンドの違いは、期待値や主観的幸福感にも影響しますか。
インターネットの普及もあって、比べるものが身近な人から世界に広がってきました。例えばYouTubeでいろいろな投稿動画を見ることができる時代になりました。googleで検索すればすぐ調べたいことが分かる時代です。「20代でこんなすごいことしているんだな、それに比べて自分なんか……」というように比較対象が変わってきています。
「じゃあ、何すればいいの?」に答えたい
――センターがターゲットにしているテーマ、切り口があれば教えてください。
私が今メインでやっているのはお酒です。アルコールと人はどのように付き合っていけばいいのかです。分かっているのに何で人はやらかしてしまうのだろうかと思うことがありますよね。他にも生活習慣でいえば食や運動です。運動もやり過ぎると膝痛や腰痛などの弊害がでてくるので、どのくらい運動をすればいいのかということを知っているといいですよね。睡眠や労働、仕事の仕方といったことについても取り組みたいです。
――正しい情報を知らないということもあるでしょう。
食でいえば、結局、「バランスよく栄養素を摂って」という言い方になってしまいがちです。「バランスよくってなんだろう?」、「じゃあ、何すればいいの?」って悩んじゃいますよね。人の体ってうまくできていて、すごく偏りがなければうまく体の中で調整してくれます。でも、最低限のレベルはどこなのかっていうのはすごく知りたいですよね。そういったことに今後取り組みたいです。
技術革新があってもみんなの行動が変わらないと大きな変化にならない
――吉本さんは、アルコールと健康については、専門的に長年取り組まれていますね。
実はですね、WHO(世界保健機関)が各メーカーに「低アルコールないしはノンアルコール飲料を作れ」という感じの指導を世界的にしているんです。
――健康リスクが低い飲料を普及させるということですか。
人々がお酒と付き合わないということは、禁酒法の歴史を振り返ると分かるように難しいことです。だから、表でリスクの少ないものを流通させていくというのが今のご時世です。
――企業と共同で健康で幸福な社会に向かうための接点やアプローチ法を見つけていくということですか。
私も医師として飲酒量を減らすための外来診療をしています。アルコール依存症の手前ぐらいの人もいます。自分の力では多量飲酒をやめられない人がいるので、そういう人に向けて「やめろとはいわないから、病院においでよ」という入り口を作っているわけです。飲酒量を0にする方が理想的でしょうけど、世の中しんどいこともあるし、飲みたくなることもあるでしょう。現実から始まって少しでも改善していくところを目指すのが私たちの考えるべき落とし所だと思います。
――革新的なイノベーションではないけれども、小さなことの積み重ねで今より少しでも健康なライフスタイルになること、それを継続していくことの重要性に気が付けば結果的に健康寿命が長くなったり、主観的幸福感が高くなったりするということですか。
例えば、個人の小さな変化でも集まることで血圧が全国民で1下がっただけで医療費に大きな影響を与えます。センターでは、社会にとってインパクトがある「健幸ライフスタイル」の開発を目指しています。結局、技術革新があってもみんなの行動が少しずつ変わらないと大きな変化になりませんから。
ゴールが見えないから面白い
――ライフスタイルは因子も多いし、個人差もあります。だから「健幸ライフスタイル」といっても、どうアプローチしていくのか、とても幅広いものとなります。
ゴールが見えてないから面白いっていうのはあるんです。エビデンス、研究結果がない領域とかも結構あったりするし、「専門家がそういうから」なんとなくルールが決まっていたりすることも社会にはありますからね。
- 吉本 尚(よしもと・ひさし)
- 筑波大学医学医療系 准教授
内科学、医療社会学、プライマリーケアが専門。2022年4月、同大学に健幸ライフスタイル開発研究センターの開設と同時にセンター長に就任。
■編集部からのお知らせ
みなさんの「健康で幸福なライフスタイル」への関心事や課題を募集します
なかまぁる編集部では、認知症フレンドリー社会に向けた記事のほか、これからは人生100年時代における「健康で幸福なライフスタイル」に関連する記事も増やしていきます。生活習慣病予防は認知症含めさまざまな病気に関係してくるほか、フレイル予防や介護予防といったことにもつながるからです。
健康志向の高まりや価値観の変化、社会構造の変化によって「健康で幸福なライフスタイル」は変わっていくものです。特に人生100年時代の折り返し地点であるアラフィフや50代の人たちにとっては、その後の人生の選択の幅に影響をもたらします。
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・中高年の社会参加にまつわるライフスタイル上の関心事や課題
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