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幸福度1位のフィンランド 現地の介護士に福祉サービスについて聞いた

フィンランドの家のドア
フィンランドの認知症の要介護者自宅。玄関の扉には、黄色い紙に「外」と書いてあるほか、訪問介護士が来る時間や「時計を見てください」と書いた紙が貼られている。(高橋絵里香さん提供)

国連の関連団体が156の国を対象に調査した「世界幸福度報告」において、3年連続1位を獲得したフィンランド。最近ではサウナの発祥の地として、また男女平等の文化が根付く国としても注目を集めています。そんなフィンランドの介護事情をはじめ、認知症ケアの取り組みはどのようなものでしょうか。現地で訪問介護の仕事をしてきたテーリカンガス里佳さんと、フィンランドの福祉を専門に研究している千葉大学人文科学研究院准教授の高橋絵里香さんに聞きました。

認知症になっても自宅で一人暮らしを希望

フィンランド南部で20年以上暮らすテーリカンガス里佳さん(48)は41歳の時、医療や福祉の資格「ラヒホイタヤ」を取ることができる職業学校に通い、介護士の資格を取得。その後約5年間、現地で訪問介護士として1日に10数件、車で移動をしながら要介護者宅を訪ねてきました。

担当していた人の大半は80代以上で、自宅に愛着を抱く人が多かったと言います。認知症になっても、一人暮らしを望む人もいました。その一人、60代のある男性は、軽度の認知症の他に様々な疾患を抱えており、トイレの介助をはじめ、自力でテレビをつける、食事を温める、ふとんをかけるなどの作業も困難だったとテーリカンガスさんは言います。

「おしゃべりが好きな人だったので、次の仕事を気にせず話ができるよう、なるべく1日の最後に訪問するようしていました。『(ゆっくり話し相手になってくれるのは)お前だけだな』と言われたのは印象深く残っています」

介護士を含むケアワーカー(ラヒホイタヤ)の平均賃金の中央値は、フィンランド統計局によると2019年は月額2480ユーロです。これは日本円にして約30万円になります。他の職業では、小学校教員は3090ユーロ(約38万円)、看護師は3058ユーロ(約37万円)と報告されています。

「統計を見ると、給料において日本よりも高収入に思えるかもしれませんが、この額から約16%の税と、失業保険料、年金積立を差し引くとラヒホイタヤの手取りは1700ユーロ(約21万円)ほどです。休日や夜間の追加を含めると、手取りは月2000ユーロ(約25万円)未満という感じですね」

テーリカンガス里佳さん=左=と、テーリカンガスさんと仲の良い利用者さん(テーリカンガスさん提供)

フィンランドで自宅介護が多い理由

長年フィンランドの福祉を研究する千葉大学人文科学研究院准教授の高橋絵里香さんは、フィンランドの介護士の給料についてこう話します。

「日本よりは介護職の給料が良く、職業間格差はそこまで開いていません。一方で、フィンランド内の他の職種と比較したり、物価を考えたりすると、ケアワーカーの給料は高いとは言えません」

フィンランドで在宅介護を望む人が多い背景には、当事者の決定だけではなく、国の政策も関係があると高橋さんは言います。

「施設での介護は人件費が高くつくため、社会保障費抑制の面からも政府は在宅介護が望ましいと考えています。そのため、政府は自宅で過ごしたい人の権利を保障しています。また、介護をする親族などに手当金や休暇を支給する『親族介護支援法』も2005年から施行されています」

フィンランド特有の福祉サービス

在宅介護を支えるサービスの一つとして、20年以上前から利用されている「安全電話」があり、腕時計タイプや首飾りタイプなど複数の形があります。それぞれボタンが付いていて、腕時計タイプは文字盤にあたる箇所に赤いボタンがあります。このボタンを押すと家に設置されているスピーカーフォンに緊急センターから連絡があり会話することが可能です。

自宅で転倒してしまった時、一人暮らしだったり自力で起き上がれなかったりした場合にこの安全電話を通して外部に助けを求めることができます。

安全電話
安全電話。月額24ユーロ(約3000円)ほどで利用することができる(高橋絵里香さん提供)

前述のテーリカンガスさんが担当した要介護者も、この腕時計タイプの安全電話を使っていたと言います。呼び出しがある時とない時とで差があり、120回ブザーを鳴らす人もいれば、全く鳴らさない人もいました。

「何回もブザーを鳴らす要介護者の自宅へ慌てて行くと、『猫に餌をあげて』と言われて拍子抜けしたこともありました。ただ、本当に転倒している可能性もあるので『これが緊急ブザーだと分からないで鳴らしている』と勝手に判断するのは危険でしたね」

そう話すテーリカンガスさんは、安全電話の良い点は「転倒が多い高齢者の元へ駆け付けられること」、課題点は「耳が遠い要介護者とは言葉のやり取りが不可能なため、誤発信だったとしても必ず自宅へ確認に行かないといけないこと」と言います。

また、大柄な要介護者が転倒した場合は一人で起こせないため、同じシフトで勤務中の同僚に来てもらう手立てをしたり、呼び出しは通常業務に上乗せの仕事になるため余裕がなくなったりすることもあり、大変な一面もあったと振り返ります。

安全電話のモニター
介護施設などで使用される最新型の「安全電話」のモニター。非常ボタンの役割だけでなく、利用者の脈拍を記録し、寝ているか起きているかなどの行動をモニターから確認できる(高橋絵里香さん提供)

徘徊する要介護者向けの介護サービス

フィンランドは夏と冬の日照時間の差が激しく、南部でも最も長い夏至は約19時間、かたや最も短い冬至は約6時間です。そのため、認知症の人にとっては昼と夜の区別がつきにくく、夜中に外へ出てしまうこともあります。温暖な地方でも、真冬の最低気温はマイナス10℃以下になる日もあるため、夜間の外出は命の危険にも及びます。

そこで役立つのが「ドア設置型」のアラームです。腕時計タイプに対して要介護者宅の玄関のドアに設置するタイプで、ドアが開くと担当の介護士が持っている専用の携帯電話に「○○さんが外に出ました」という自動音声が送られるため、すぐに探しに行くことができます。

「このサービスを利用することで、徘徊は止められなくても外に出た人を連れ戻すことはできます。ただ、日中は電源を切っておき、夕方にドア設置型のスイッチを入れるなど、訪問介護士の協力が必要不可欠です」(高橋さん)

トリミング_安全電話スピーカーフォン
安全電話のスピーカー部分。(高橋絵里香さん提供)

安全電話を定額制で利用する場合、何回ブザーを押しても料金は変わりません。高橋さんは、何が非常事態なのか人によって違うため、気兼ねなくブザーを押せる定額制は良いことだと言う一方、呼び出しが増えるほど担当介護士の負担も増すと指摘します。

「安全電話専任の担当者がいる自治体であれば訪問介護士の負担は軽減されますが、それでも呼び出しが多くなりすぎれば対応できません。そこで、呼び出した回数ごとに料金を加算する自治体もあります。ところが今度は利用者が、料金がかさむのを気にしてブザーを押すのをためらったり、我慢をしてしまったりする事例も出てくるのです」(高橋さん)

安全電話は要介護者の呼び出し回数と、介護士のキャパシティの均衡が取れている状態の時、成り立つサービスです。今後、介護士の人材不足が深刻化した場合、これまで通りにはいかなくなる複雑さと繊細さをはらんでいます。

フィンランドと日本の共通する介護課題

フィンランドでも少子高齢化が進んでいます。また、介護士はラヒホイタヤの中でも人気のある保育士と比較すると重労働であり、場合によっては夜勤もあるため人手不足となっていて、都市部では外国籍や移民の介護士が増加傾向にあります。加えてここ数年、近隣国スウェーデンやノルウェーを本拠地とする民間の多国籍企業の参入も目立ち、多様化により都市部を中心に福祉サービスの競争が生まれ始めています。

少子高齢化、介護業界の慢性的な人手不足、地域間のサービス格差。これらは日本も同じく抱えている問題です。ジレンマを抱える中で、要介護者と介護者、両者にとって心地いいバランスとは?一筋縄ではいかない中、これからも模索していくことが求められます。

<プロフィール>

テーリカンガス里佳(てーりかんがす・りか)
1972年、東京都生まれ。阿佐ヶ谷美術専門学校ヴィジュアルデザイン科(当時)卒。結婚を機に98年にフィンランドで暮らし始める。ヘルシンキでグラフィックデザインの事務所を立ち上げるも、失業。その後、ラヒホイタヤの資格を取得できるカレーリア職業学校に2年間通い、2015年から介護士として働く。
高橋絵里香(たかはし・えりか)
1976年、東京都生まれ。千葉大学人文科学研究院准教授。筑波大学第二学群比較文化学類卒業、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程単位取得満期退学。専門は文化人類学。著書に「ひとりで暮らす、ひとりを支える フィンランド高齢者ケアのエスノグラフィー」(青土社)や、「老いを歩む人びと 高齢者の日常からみた福祉国家フィンランドの民族誌」(勁草書房)など。

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