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認知症別に交通事故の特性を知る 当事者と家族の注意ポイントとは

道路のイメージ

認知症と診断されたら、自動車の運転免許は停止・取り消し――それがいまの日本の法律です。しかし「認知症という病名だけで、免許を取り上げるのは間違いではないか」と考える専門家は少なくありません。それはなぜなのか。長く認知症高齢者の運転に関する研究を続ける高知大学医学部講師の上村直人さんに伺いました。

上村直人先生
上村直人(かみむら・なおと)
高知大学医学部神経精神科医学教室講師。2009年、国内で初めて立ち上げられた認知症高齢者の運転問題と権利擁護に関する研究班に参加。以来、認知症高齢者の運転について、医学的な視点から研究を重ねている。

免許更新時の認知機能検査ではわからない危険性

認知症の可能性のある高齢ドライバーを見つけ出すための一つの方法が、75歳以上の人の免許更新時に受ける「認知機能検査」です。検査の結果、第一分類(認知症の恐れがある)と診断されたら、医療機関の受診が義務付けられ認知症か否かの診断を受けることになります。しかし、上村さんは、「この検査だけで、危険運転をする可能性のある認知症の人を見つけだすには不十分」と言います。
「現在の認知機能検査は、アルツハイマー型認知症の人を見つけるには有効だと思うのですが、それ以外の認知症の人は見つけにくい検査になっていると思います。さらに、アルツハイマー型認知症がわかったとしても、その人の運転が危険かどうかまではこの検査で判別できません」

本来自動車運転は、「認知・予測・判断・操作」という4つの行動によって成り立っていると上村さんは言います。自分の今いる場所や道路の状況を「認知」し、人が飛び出すかもしれない、信号が変わるかもしれないなどを「予測」し、次の角で右に曲がろうとか、ブレーキを踏もうなどの「判断」をしたうえで、アクセルやブレーキやハンドルを「操作」する、この繰り返しが「運転行動」です。
「認知症はこの4つの行動に、それぞれ影響を及ぼします。どの部分にどう影響を及ぼすかは、認知症の原因によっても、その重症度によっても違うのです」
上村さんらが代表的な4種類の認知症(アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症)の運転行動について調査した結果、運転行動のどこに問題がでるかはそれぞれ異なることがわかったそうです。

認知症の種類別 運転行動の主な特徴

●アルツハイマー型認知症

  • 運転中に行き先を忘れてしまう。迷子運転をする。
  • 駐車や幅寄せがうまくできず、接触事故を起こす。

●脳血管性認知症

  • 運転中にボーっとするなど注意散漫になる。
  • ハンドル操作やギアチェンジ、ブレーキペダルなどの操作が遅くなる。
  • 速度維持が難しくなる。

●レビー小体型認知症

  • 注意力や集中力に変動がみられるので、運転技術にもむらがでる。
  • 幻視によって、実際にはいない動物などが路上に見えたり、センターラインがゆがんで見えたりする。

前頭側頭型認知症

  • 信号無視など交通ルールを守らない。
  • 運転中のわき見、注意散漫。
  • 車間距離の調整ができない(短くなる)。

運転が危険な認知症はアルツハイマー型ではない

なかでも事故が多いのは前頭側頭型認知症でした。これは前頭葉や側頭葉が侵され、人格や行動が変化するケースが多いとされる認知症です。
「大きな事故や、命にかかわる危険な事故を起こす割合は、アルツハイマー型認知症の10倍とも言われています。とくに前頭葉が縮んでしまうと『わが道を行く』『だれにも邪魔させない』という感じになってしまい、車間距離を縮めてしまったり、信号無視してしまったりします。当初、側頭葉の萎縮のほうが『道路標識の意味や形がわからなくなる』といった原因の事故が増えると思っていたんですが、実際には違いました。前頭葉の萎縮によって起こる脱抑制(がまんしようとしない)や、常同行動(いつもと同じ行動をとらないと気が済まなくなる)などのほうが、事故原因になりやすいのです」

アルツハイマー型認知症の場合、隣でナビゲーションする人がいれば迷子などの事故は起こりにくい傾向があるそうです。
「とはいえ、助手席で『ほら、そこ左折して、左折、左折!』『あぁ、何で曲がらなかったの』とあれこれ言ってしまうと、パニックを起こして事故につながりやすいことがわかっています。事故になりにくいのは、必要最低限の指示を短く出すことです。私自身もカーナビに『目的地周辺です。目的地周辺です』と繰り返されると、気持ちが不安定になって、よそ見や急停車をしてしまうことがあります。認知症でなくても、高齢ドライバーへの運転中の声かけには配慮が必要です」

車の運転のイメージ

運転能力を評価できるシステムの開発は急務

前頭側頭型認知症の次に交通事故を起こしがちなのが、レビー小体型認知症です。幻視が起きたり、センターラインがゆがんで見えたり、視覚的なトラブルが事故につながりやすいのだそうです。
「ただ、レビー小体型認知症の人は『自分はどこかおかしい』と自覚できる人が少なくないので、運転を控える人や自主的に免許を返納する人も多い傾向があります。一方、アルツハイマー型や前頭側頭型の人は『自分が認知症かもしれない』と自覚できづらいので、免許返納にはつながりにくいのです」
もちろんこれらはあくまで「傾向がある」であり、すべての認知症に共通だと言っているわけではありません。しかし、本人や家族が知っておくべき特性と言えるでしょう。

また、同じ認知症の種類であっても進行度によって、事故の起こしやすさは変わってくると上村さんは強調します。
「前頭側頭型やレビー小体型は、認知症とわかった時点で運転をやめたほうがいいのは確かです。しかし、アルツハイマー型や脳血管性の認知症の場合、初期の段階では運転に問題がない人もいます。一方でMCI(軽度認知障害)なら安全なのかというと、それもわかっていません。運転能力を見ずに、単純に『認知症』という病名だけで免許を取り上げることが正しいことなのでしょうか」
しかし、認知症の人の運転能力を評価できるシステムが現在の日本には、いや、世界中を探してもないのが現実です。
「現在、大学や企業などでバラバラに研究がおこなわれているという側面があります。認知症の人の運転能力を調べる『運転シミュレーター』も開発されていません。高齢者の運転、認知症の運転については、もっと国民的に議論されるべきテーマだと思います」(上村さん)

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