歩いて改善 運動と認知症の関係を専門家が徹底解説 歩き方のコツ
取材/西村仁美 イラスト/井上秀一 編集協力/七七舎
厚生労働省によれば、65歳以上の高齢者約7人のうち1人に認知症があり(2018年時点)、2025年には5人に1人が認知症になると予測されています。誰にとっても身近な認知症について、運動と脳との関係を東京都健康長寿医療センター研究所の堀田晴美先生に、話題の「インターバル速歩」について、熟年体育大学リサーチセンターの能勢博先生にお話をうかがいました。歩き方の工夫で認知機能を高められることがわかってきているようです。
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運動と認知症の関係について解説してくれるのは……
- 堀田晴美(ほった・はるみ)理学博士
- 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所 自律神経機能研究研究部長
1984年北海道大学理学部卒業後、東京都老人総合研究所(現・地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所)で当時生理学部長の佐藤昭夫博士に師事。2010年研究副部長、16年から研究部長。自律機能を調節する自律神経の活動やホルモンの分泌が、老化や身体への刺激によってどのような影響を受けるか、一貫して研究している。
「歩く」ことがいいとされる神経のしくみ
神経は、一定の方向性のある電気信号で、体中の細胞に「暑い」「寒い」などの情報を伝えています。その際に「アセチルコリン」と呼ばれる物質を使用します。
アセチルコリンは心臓や内臓を動かす筋肉だけでなく、記憶や認知機能を司り“脳の司令塔”とも言われる「海馬(かいば)」の動きにも大きく関わっています。
アセチルコリンを放出しているのが、人間の脳や脊髄(せきずい)に集まっている神経「コリン作動性神経」です。加齢により中心部分が萎縮すると、放出の指令が滞り血流が減少してしまうことから、近年、この神経が人の記憶に重要だということがわかってきました。海馬は、数分でも血流が止まると細胞が死んでしまうほど十分な血液が必要で、血流が減少すると働きが弱くなってしまうのです。
乾布摩擦も認知機能に影響がある
アセチルコリンの働きを活性化させるには、体を刺激することが大切です。刺激とは、つまり「運動する」ということ。私たちの研究では、特別に激しい運動をしなくてもふだんの歩き方で30秒もすれば、アセチルコリンが出てきて血流が増えるとわかっています。
また、血流は皮膚をこするだけでもよくなるので、昔からある乾布摩擦も認知機能に影響があったわけです。運動ができない、たとえば寝たきりの人でも、ご自身やご家族などそばにいる人が優しくさするといいでしょう。
インターバル速歩について解説してくれるのは……
- 能勢 博(のせ・ひろし)医師
- 信州大学大学院医学系研究科 特任教授
京都府立医科大学医学部卒。米国Yale大学医学部John B. Pierce研究所留学。信州大学大学院医学系研究科スポーツ医科学講座教授を経て、NPO法人熟年体育大学リサーチセンター副理事長。著書に『ウォーキングの科学』(講談社)、『インターバル速歩で健康になる!』(宝島社)など。ほか、NHK「ガッテン!」など幅広く活動している。
「インターバル速歩」で体力向上
「インターバル速歩」は、NPO法人熟年体育大学リサーチセンター(以下、JTRC)が中心となって、中高年者の体力向上のために考案したウォーキング法です。学生がサッカーなどの部活でダッシュ&スローを繰り返す「インターバルトレーニング」というトレーニングがありますが、そのウォーキング版です。
インターバル速歩とは、個人の最大体力(※1)の40%程度の「ゆっくり歩き」と、70%以上の「早歩き」を交互に3分間ずつ行い、それを1セット(6分)とし、1日5回繰り返してトータルで30分、それを週に4日以上行う歩行方法です。
(※1)最大体力……「1分間当たりどれぐらいの酸素を利用する運動ができるのか」という指標
アメリカの権威ある医学会「米国スポーツ医学会」では、「最大体力の60%以上の運動(ハアハアと息が上がり、ポカポカと体が温かくなってくるぐらいの運動)を1日20分以上、週3日以上続けると、6カ月間で最大体力が10%以上向上する」としています。
この運動量をインターバル速歩に当てはめると、1週間で120分間。「速歩」だけを抜き出せば60分間です。インターバル速歩は最大体力の70%以上を設定していますから、同学会と同じように体力の向上が期待できます。
人は運動をする時、酸素を使って体内のブドウ糖や脂肪を燃やし、エネルギーに替えます。酸素をたくさん利用できる人は、それだけたくさんのエネルギーを作ることができる、つまり、体力があるということです。しかし、ほとんどの人は最大体力の30%から40%程度でしか歩いていないことが明らかになっています。
「1日1万歩」歩くと健康に良いといわれていますが、たとえ1万歩でもだらだらと歩いていては体力は向上しないのです。
体力向上で認知症予防に期待する理由
インターバル速歩を5カ月間続けたときの主な効果として、以下が挙げられます。
- 1 体力が平均して10%上がる
2 高血圧や糖尿病などの生活習慣病指標(※2)が20%改善される
3 睡眠の質、骨粗しょう症、気分障害なども30%以上改善される
4 以上の結果、医療費が20%抑えられる
(※2)生活習慣病指標……インターバル速歩の生活習慣病に関する効果を測るために作った指標。最高血圧や最低血圧、BMI(体格指数)などの基準を定め、基準を満たしたものは加点で評価。インターバル速歩をする前後などで数値を測り、点数化して判定している
JTRCでは、秋田県由利本荘市の協力を得て、高齢者がインターバル速歩によってどれだけ認知機能が改善したかを研究しました。トレーニング開始前には研究参加者の20%が軽度認知障害(MCI)と判定されていたのですが、トレーニングによって参加者の体力が平均6%上がるのにともなって、認知機能も平均34%改善したのです。つまり、生活習慣病と体力とには強い関わりがあり、認知症は生活習慣病の延長線上にあるということなのです。
運動でなぜ認知機能が改善するのかという疑問に、私たちは「体力が上がることで脳の血流が増えているから」と考えています。
認知症と「サルコペニア」の関係
インターバル速歩と認知機能を含む生活習慣病のメカニズムについて、大変興味深い報告があります。
10年ほど前、国際科学雑誌「Nature(ネイチャー)」に、「高齢者特有の加齢性疾患は、主に『ミトコンドリア』の劣化、すなわち加齢や運動不足による体力の衰えにより引き起こされる」との仮説が発表されました。ミトコンドリアは細胞の中にある小さな器官で、エネルギーを作り出すエンジンのような働きをしています。
人は、30歳を過ぎたころから徐々に筋肉量が減少していきます。筋肉量の減少にともなって筋力が低下すると、運動が苦手・おっくうになり、積極的に動かなくなります。この状態が「サルコペニア」です。
その結果、芋づる式に全身のミトコンドリアで不完全燃焼がおこり、活性酸素が産生されてしまうのです。活性酸素とはエンジンから出る排ガスのようなもので、細胞に炎症を起こします。
要するに筋肉の「老い」が、生活習慣病やその延長線上にある認知症やがん、動脈硬化などを招くという説で、JTRCがこれまで行ってきた実証実験の結果からも、同じ思いを強くしています。
その上で、どうすれば「筋肉の老い」を予防できるのか。答えは簡単です。「サルコペニアに負けないように、ややキツイと感じる運動をすればいい」のです。そのためにもインターバル速歩がおススメです。
「インターバル速歩」のコツ
下半身が不自由な人は腕を振る上半身運動を、歩行が難しい人はつえや歩行補助機などを使って、ややきついと感じる強度な運動を2分以上続けることでもかまいません。ぜひお試しあれ!
まずは簡単な準備運動しましょう。
【準備運動】
(1)腕、肩、背中上部のストレッチ
・足を肩幅に開き、頭の上で両手を組む
・組んだ手のひらを上に返し、腕をやや後ろに押し上げるようにする
(2)股関節、太腿内側のストレッチ
・肩幅よりも広く足を開き、膝を曲げ、両手は膝より少し上に添える
・ゆっくり腰を落としながら、太ももに張りが感じられるポイントで体を伸ばす
準備ができたら、いよいよインターバル速歩です。
インターバル速歩は、「ゆっくり歩き」と「早歩き」の時間を確認しながら実行する必要があるので、スマートフォンで利用できるアプリを使うと便利です。「インターバル速歩 アプリ」で検索してみてください。
【インターバル速歩】
- 腰に負担がかからないよう、背筋を伸ばして歩く
- 腕を大きく振って腰を安定させる
- 筋肉をできるだけ多く使うように意識しながら、大股で歩く
※1日のうち筋肉が柔らかくなっている午後3時から6時ごろの時間帯に行えば、肉離れなどの事故が起こりにくいとされています
そのほか細部の動きは、次のイラストを参考にしてください。
【歩いた後】
- 体がポカポカしている早いうちに、牛乳を飲む
牛乳が苦手な人は、牛乳より少し多い量の豆乳でも構いません。たんぱく質を取ることで、筋力増加が期待できます。
ちなみに、インターバル速歩を長期間実施すると、代謝が上がり安静時でも体温が高い状態が保たれ、脂肪が燃焼されます。運動時より安静時に脂肪を燃やすという考えは、ダイエットの国際標準です。わざわざジムなどに通う必要がなくなるかもしれません。