「高齢者福祉とは何か?」 京都のデイサービスと芸大生が取り組む人生100年時代に必要なこと
取材/岩崎賢一 撮影/水野佑紀、下坂厚
京都市立芸術大学の大学院生とデイサービスで刺し子をする利用者たちが、クラウドファンディングで作った写真集「まとう刺し子」が話題になっています。大学院生の水野佑紀さん(23)が、「はたらく」をキーワードにしたプログラム「sitteプロジェクト」を展開している京都福祉サービス協会の高齢者福祉施設「西院」のデイサービスと出会ったのは、ケニアでの挫折があったからです。水野さんの関わりは、参加者たちの笑顔と本音を引き出し、関係者に「高齢者福祉とは何か?」といった本質的な課題を突きつけています。
「みんな大変な生活をしているに違いない――」という先入観を打ち砕かれた
デザイン科に入学した水野さんがやりたかったことは、プロダクト・デザインでした。社会のニーズに目を向け、人と物と社会の最適な関係を考えながらデザインしていくことが特徴です。ところが、大学1年生のときに訪れたケニアの低所得者層が多く暮らす街での経験が、一瞬にして「夢」を「妄想」にしてしまいました。
「『簡単に水を運べるバケツ』『成長に合わせてサイズを変えられる靴』があることは知っていました。私も、こんな感じで学校の備品や子どもにまつわるものを作れるんじゃないかなって考えていたんです。でも、行ってみると、それは私の『妄想』であることが分かりました」
「みんな大変な生活をしているに違いない――。こうしたネガティブなイメージが高校を卒業したばかりの私の中にあって、そこから思いつきのように出てきたことは、役に立たないと知りました。毎日、暗い気持ちで生活しているわけではなく、そうした環境や境遇の中でも工夫して生活を楽しもうとしている人たちに出会ったからです」
現場に足を運び、信頼関係を得て、意見交換してデザインに入っていくことの重要性を知りました。そこに必要なのは生活という視点であり、生活文化の違いの尊重でした。
「私の進む道は、製品をデザインするプロダクト・デザインではなく、(社会づくりや街づくりに近い)ソーシャル・デザインなのかな」
こう感じていた大学4年生の11月、ゼミ担当の教授の知り合いを通じて紹介されたのが、「西院」の施設長、河本歩美さんでした。
介護現場の職員にもある「本当の自立支援って何だろう」という問い
河本さんは、デイサービスのあり方についてこう語ります。
「職員によって『見守る』ということが、どうしても『見張る』という形になって現れてしまうことがあります。転倒リスクを考え、上げ膳据え膳になってしまう施設もあるでしょう。自立支援を考えたとき、これは違うんじゃないかなと思ったのです」
- やりたいことができる
- 社会の一員と実感できる
- あきらめがちな気持ちを変えられる
- 社会で必要とされるモノ・コトを提供することで対価が得られ、それで楽しいことができる
こうしたことを実現するために始まったのが、「sitteプロジェクト」でした。河本さんと一緒にプロジェクトを育ててきた主任の田端重樹さんは、「ご利用者が『死ぬまで楽しかった』と思ってもらえる手助けをしたいと考えからです」と説明してくれました。
施設には介護や福祉のプロフェッショナルはいますが、プロジェクトを社会実装していくために必要な課題を解決していく人材がいるとは限りません。河本さんの提案で始まった刺し子も、刺し子のデザインができる人が欠けていました。そこで出会ったのが、水野さんでした。水野さんは当時をこう振り返ります。
「私自身、針作業やししゅうは好きだし、おばあちゃんたちがいっぱいいて、フレンドリーに話してくれるので、これはもう行かないという選択肢はないな、と思いました」
毎週1回通い始めたものの、ボランティアの私がどこまで入っていっていいのかと悩んだ時期もありました。こうしたモヤモヤを吹き飛ばしてくれたのが、河本さんの一言でした。
「製品として売りたいのでデザインしてくれませんか」
コロナ禍で遮断されたボランティアの壁
刺し子のブランド名「ひとめひとめ」は、これまでキッチンまわりの品々を中心に作られてきました。福祉系のイベントで販売していましたが、一般販売するには訴求力が足りませんでした。誰にでも使えそうなモノとして浮かんだのが、巻きスカートでした。アジアでは、若い人も男性も身にまとう文化があるうえ、縫製を極力簡素化し、デザインでアピールできるからです。
「今どきの若い人だったら着るわよね」
「腰巻きみたいなので、おしゃれで使える」
「エプロンにもなる」
参加者たちの反応も上々でした。さらに、参加者一人ひとりに芸大の学生がサポートする形でペアになる仕組みも考えました。プロセスを撮影し、芸大の学祭で販売することも計画していました。
ところが、コロナ禍による緊急事態宣言で一変。ボランティアは施設内に入ることができなくなってしまったのです。
「おばあちゃんが作った刺し子の布と学生が作った布をつなぎ合わせて一つの巻きスカートを作ることも検討しましたが、オンラインで見せ合いながら作業することは困難でした」
結論は、布を染色し、細かく切って、利用者と学生が自由に刺し子をしたものをスナップボタンで自由につなぎ合わせ、布をまとう形に変えました。学祭での販売は中止となり、お披露目は、クラウドファンディングで制作費を集めた写真集に変わりました。それでも通常のデイサービスでは見られない撮影現場でのポージングと笑顔に、みんな満足感を得ていたそうです。
褒め合いながら暮らしを楽しむ姿がそこにありました。
「今までは家族ばっかり写った写真しかなかったから、すごくいい体験だった。生まれてきて良かった」
何歳になっても他人に「喜んでもらえる」ことが生きる張り合いに
新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言が解除されたことで、写真集が完成した後も、水野さんは水曜日の午後、刺し子にボランティアとして通っています。6月の取材をした日は、5人が参加していました。最初は「家ではのんきなことをしていられない」「家で一人でやっても面白くない」と淡泊に答えていた参加者たちも、20分ほど経つと徐々に胸の内を語ってくれました。
「ここに来ていなかったら、(この年齢で)『はたらく』なんて想像できなかった」
「家にいたら、いいアイデアが浮かんでこないけど、ここだと何とか頭をひねってアイデアを出してみようかなという気持ちになれる」
「人様に喜んでもらえることが分かったから、小さなもの(刺し子)でもがんばってやろうと思える」
「喜んでもらえるものなら何でも作る。家でししゅうをしていても、誰も喜んでくれない」
主任の田端さんはこう振り返ります。
「好きな物を作って楽しむことから始まった刺し子ですが、モチベーションがなかなか上がりませんでした。私たちも、何で作っているのか、誰のために作っているのか、ということが大切だということに気づかされました」
「高齢になると、家の中では『当たり前なこと』をする日常が失われてしまいがちです。デイサービスに来ても塗り絵しかできないとなれば、みなさん行きたいと思いますか。一般的に介護保険サービスの利用は、家族のニーズからが多いと言われているのが現実です。でも、私たちはそれがきっかけであったとしても『来て良かった』と思ってもらいたいんです」
私が社会でどう役立つのか考える旅は続く
水野さんもこれから進みたい道が開きかけてきた感じを得ているようです。
「解像度が上がりました。『認知症の高齢者』『デイサービスに通っている人』といったボヤッとしたおばあちゃんたちのイメージが、個人個人のイメージへと変わっていきました。年齢の違いという要素もどんどん減っていきました。私自身も楽しいと思える関係性を築けたことがうれしかったです」
水野さんは、来年1月から半年間、福祉が充実したデンマークで多世代が学ぶ全寮制の学校「フォルケホイスコーレ」に留学するそうです。
「自分が今後やっていきたいデザインの形を明確にするため、私が社会でどう役立つのか知るために必要な学びの旅に出ようと考えています」