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主婦はがまんして当たり前?演技と被害妄想の間で 渡辺えりさん(1)

2021年8月13日から新橋演舞場で公演が始まる「喜劇 老後の資金がありません」。主婦役で主演の渡辺えりさん。コロナ禍での舞台に込める思いを聞きました。
「喜劇 老後の資金がありません」に主婦役で主演の渡辺えりさん。コロナ禍での舞台に込める思いとは──

渡辺えりさんと高畑淳子さんのダブル主演、しかも初の共演で、「喜劇 老後の資金がありません」が2021年8月13日〜26日(東京・新橋演舞場)、9月1日〜15日(大阪・大阪松竹座)に上演されます。前編では、主人公のひとりである普通の主婦・後藤篤子を演じる渡辺えりさんに舞台にかける思いやメッセージを聞きました。

「普通の主婦」が抱える日本の問題

「喜劇 老後の資金がありません」の原作は、2015年に刊行された垣谷美雨さんによる同名の小説。老後の資金をめぐり、普通の主婦が様々な問題に直面し、四苦八苦する物語は大きな共感を呼び、34万部突破のベストセラーとなりました。今回は喜劇に定評のあるマギーさんの脚色・演出による初の舞台化です。

──今回渡辺さんが演じる後藤篤子という役について教えてください。

契約社員として働いている普通の主婦で、夫も普通の会社員です。篤子はそれまでコツコツと老後の資金をためてきたのですが、夫が長女の派手な結婚式の費用600万円を出してやろうと言う。篤子は本当は嫌なんだけれど、ついつい夫の言うことを聞かざるを得ない。

都内で行われた「喜劇 老後の資金がありません」の制作発表記者会見。高畑淳子さん(左)と渡辺えりさん(中央)は舞台初共演。脚色・演出を行うのはマギーさん(右)。2015年に中央公論新社から刊行された垣谷美雨さんによる同名の小説は、34万部突破のベストセラーです。
都内で行われた制作発表記者会見。高畑淳子さん(左)とは舞台初共演。脚色・演出を行うのはマギーさん(右)

こういう風に、夫を立てて、子どもをいつくしんで、自分のことは二の次三の次にして生活していかなくてはならないのが日本の普通の主婦だと思うんですよ。主婦は我慢して当たり前だと思ってずっと生活してきている。そんな主婦の代表として演じようと思っています。

──主婦が自分を押し殺して生きていることは現代の日本が抱えている問題だということに気がついたきっかけがあったそうですね。

50代の後半くらいの頃、私の芝居を同級生がすごく楽しみに見に来てくれて、楽屋で話した時に「えりちゃんは好きな芝居をして、本当に自由でいいなあ」と言ったんです。「えっ、どういうこと?」と聞くと、結婚して主婦になって、自分の自由になることなんてひとつもないんだよと言われたんです。

その同級生は数学が得意でものすごく成績が優秀だったんですよ。いい大学も出てどんな仕事をするんだろうと思っていたのに、主婦になったらそういうことを言うのかとびっくりしたんです。やっぱりご主人が家の中心で、自分の自由になることがひとつもないって、それはあまりにも残酷だと思ったんですよ。

「50歳」を超えた女性の悩みや諦め

──原作では後藤篤子は50歳という設定になっており、「50歳だから」「50歳だから」と本人が何度も自問したり諦めたりする様子が描かれています。そういう世の中だと、女性は年齢を経ることへの恐怖が生まれてきますね。

大岡越前の母親の話はご存じですか? 裁きに迷って、女性はいくつまで恋愛が可能かを聞いたところ、母は黙って火鉢の中の灰をいじって「灰になるまで」と伝えたという逸話です。女性は死ぬまで女性なんですよ。

──今回の役である篤子をどう演じていこうと思っていらっしゃいますか。

50歳を超えた普通の主婦が、様々な出来事を経るうち、自分にも良い部分があって、ちゃんとしているんだということに気がついて自立していく役にしたいんです。夫の言うことをまるまる全部聞くんじゃなくて、自分はこう思うということを言えるような、家族の中で対等な関係になっていくような前向きな結末にしたいなと。

リアルな舞台を見ると救われた気持ちになる

──原作は小説ですが、小説と舞台の違いや舞台を観に行く楽しみについて教えてください。

私も原作ものを書いて演出することがありますが、舞台は全然違うタッチになりますね。演出家のセンスで要約して、短い時間ですべてを観ることができますから。原作を読んでいたとしても、生きた役者が生きた言葉をしゃべると違う感覚になれるんです。小説を読んでいる時は自分の頭の中で登場人物を動かしているわけですが、生きている人が目の前でしゃべって、汗をかいて踊るのは舞台でしか味わえない体験ですよね。

──コロナ禍で、そういうリアルな体験が減ってしまっていますね。

「喜劇 老後の資金がありません」で高畑淳子さんとダブル主演を務める女優の渡辺えりさんにインタビューしました。「コロナ禍での孤独感。自問自答を繰り返した1年間でした」と語ります。
「コロナ禍での孤独感。自問自答を繰り返した1年間でした」

私自身、毎日孤独で本当につらいです。オンライン会議でも、画面を通すと意思疎通がうまくできなくて、すごく被害妄想が広がっていくんですよ。誤解が生まれやすい。「なによ!」とケンカしても、会って表情を見て話すと安心するじゃないですか。でも今、それができないのでつらい人が多いんじゃないでしょうか。肌合いや感覚でわかり合う部分って多いですから。おしゃべりで気を紛らわせたり人の悪口を言い合って盛り上がったりすることで助けられたり救われていた人たちが、話す相手がいなくなって自問自答して自分を責めちゃうんですよね。私自身も自問自答を繰り返してきた1年間でした。

小さな幸せに気づいてもらえる明るい舞台にしたい

──孤独感にはどのように対処してこられましたか。

舞台を何度も観に行きました。劇場に行って生の演劇を観ると救われた気持ちになりましたね。今回も、この作品の稽古と本番をやることで自分自身が救われるとも思っているんです。

──舞台でどのような出来事が起こるのか、また、友達役の高畑淳子さんとのダブル主演で初共演というところも楽しみです。舞台を観に来られる方にメッセージをお願いします。

シビアなテーマですが、とにかく笑って、おもしろく、夢のように明るく演じたいと思っています。登場人物たちを見ることで、自分の暮らしを客観的に振り返って、意外と自分は幸せじゃないか、小さなことを笑い合える幸せがあったじゃないかと気づいていただけるんじゃないかな。こんな大変な時代だからこそ、ぜひ笑ってひとときを過ごしていただきたいと思います。

後編に続きます
※ 相続会議の記事を転載しました

渡辺えり(わたなべ・えり)
山形県生まれ。日本劇作家協会会長。1983年岸田國士戯曲賞、1987年紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。近年歌手活動も盛んに行っている。

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