「認知症になってからが勝負」 1万人を診た専門医が語り続ける理由
「認知症になってからが勝負」。33年間で1万以上の認知症の人を診てきた医師の松本一生さん(67)は語ります。どんな思いで向き合ってきたのか、お聞きしました。
――認知症を専門としたきっかけは?
41年前、歯科医師になりました。なかなか医療機関に来ることができない精神疾患や認知症の人らがいると知りました。そうした人の自宅を訪ねて診療をしたい。そう思ったのが始まりです。
でも歯科医師1人で患者さんの全身状態を診るのは難しいと気付きました。医学部に入り直し、33歳で医師免許を取得。精神科の医局に入りました。
当時、「認知症は医師なら誰でも診られる簡単なもの」と誤解されていました。「うつ病や統合失調症など精神科の王道でなく、なんで認知症を選ぶんだ」と周囲から言われたものです。でも思いは揺るがなかった。認知症に猪突(ちょとつ)猛進です。
――どんな出会いがあったのですか。
30年ほど前のことです。物忘れに困っていた当時60代後半の女性教員が、僕の診療所を受診しました。家族には言えない。教え子や同僚たちに「物忘れがあってね」と打ち明けても、聞く耳を持ってくれない。「私、認知症かもしれない」と言うと、「先生が認知症だったらみんなそうよ」と返されたそうです。
身の置きどころのなさ、よるべのなさに女性は悩んでいました。軽度認知症の一歩手前の段階でしたが、それから月に1回、カウンセリングを受けに通ってくれました。
自身で「何かおかしい」と思い始めた初期のころこそつらく、ケアが必要なのだと知りました。こうした人を精神的に支えることが、何より我々がすべきことだと教えてもらいました。
――「認知症になってからが勝負」とよく表現されます。
この女性に出会ってからずっと、僕の中の一番大事なキャッチフレーズです。
■役割、あきらめないで
(聞き手・辻外記子)朝日新聞デジタル2024年09月03日掲載