ポリファーマシーとは? 治療のための薬がなぜ問題なのか 対策などを専門家が解説
取材/中寺暁子
高齢化に伴い複数の医療機関や診療科を同時に受診している人が多くなり、多数の薬を服用している人も増加していることが問題となっています。多剤を併用し害が出てくることを「ポリファーマシー」と呼び、いま注目されています。その背景や問題点、解決方法、対策などについて、専門家にうかがいました。
ポリファーマシーについて解説してくれたのは……
- 五十嵐 中(いがらし・あたる)
- 東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学客員准教授
2002年東京大学薬学部薬学科卒、2008年東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程修了。同大学院特任助教、特任准教授を経て、現職。横浜市立大学医学部公衆衛生学教室准教授。薬剤経済学を専門とし、医療経済ガイドラインの作成、個別の医療技術の費用対効果評価、QOL評価指標の構築など、多方面から意思決定の助けとなるデータの構築を実施している。著書に『医療統計わかりません』『わかってきたかも医療統計』『薬剤経済わかりません』(いずれも東京図書)などがある。
ポリファーマシーとは
ポリファーマシーは「Poly(多くの)」と「Pharmacy(薬剤)」からなる造語です。
単に一度に使用する薬の数が多い「多剤併用」ではなく、それによって有害な事象が起きている、あるいは起きやすい状態を「ポリファーマシー」といいます。多剤併用による薬の飲み間違いや、薬が余ってしまう残薬の発生などもポリファーマシーに含まれます。
何種類以上の薬を併用しているとポリファーマシーになるかという明確な定義はありません。
高齢者では6剤以上になると薬害有害事象(薬との因果関係の有無にかかわらず、薬の使用によって生じた有害な反応)が発生しやすくなると報告されています。一方、6剤以上の薬が必要な場合もあれば、3剤でも問題が起きることはあり、その中身が重要であると言われています。
年代ごとにみた服用している薬の数
高齢になるほど複数の医療機関や診療科を受診する人が多く、処方される薬の数も多くなります。「平成29年社会医療診療行為別統計の概況(医科診療及び薬局調剤)」では、75歳以上の4人に1人が7種類以上の薬を処方されていることが報告されています。
年齢別薬剤種類数の割合(院外処方・薬局調剤)
高齢者ほどポリファーマシーに
服用した薬は主に肝臓で代謝(分解)され、腎臓から排せつされます。しかし高齢になって肝臓や腎臓の機能が低下すると、薬の代謝や排せつに時間がかかるようになり、薬が効きすぎて副作用が出現しやすくなります。
高齢者の場合、6剤以上服用すると有害な事象を起こしやすくなることが報告されています(*)。特に多いのが、ふらつき、転倒、もの忘れです。うつ、せん妄(突発的な意識障害)、食欲低下、便秘、排尿障害なども起こりやすくなります。
加齢による代謝機能の低下、多剤併用の2点によって、高齢者ほどポリファーマシーのリスクが高まるのです。
(*) 日本老年医学会雑誌第56巻第4号 (jst.go.jp)
ポリファーマシーが注目されはじめた背景
高齢者が増加し、多剤併用している人が増えたことで現実的な問題として認知されるようになってきたポリファーマシー。厚生労働省は、ポリファーマシーの概念やその対処について、啓発を進めています。
日本では2012年に高齢者の場合、6剤以上で有害事象が発生しやすくなるというデータが『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』(日本老年医学会)、『高齢者の医薬品適正使用の指針(2019年)』(厚生労働省)といった、高齢者の薬物治療に関する指針が作成されています。
シニア世代の半数以上が複数の医療機関に通っている
日本調剤が2015年に実施した『シニア世代の服薬の実態と意識』では、65歳以上のほぼ半数が2カ所以上の医療機関に定期的に通院していることがわかりました。受診する医療機関が増えれば、それだけ服用する薬の数も追加されていきます。
75歳以上の約4人に1人が7種類以上の薬を処方されている
「平成29年(2017)社会医療診療行為別統計の概況」では、75歳以上の約4人に1人が7種類以上の薬を処方されています。また、5種類以上の薬を処方されている75歳以上の人は、約4割です。
加えて、薬だけではなく、サプリメントや健康食品などをとり入れている高齢者も少なくありません。たとえ食品であっても薬との組み合わせによって、有害事象が引き起こされることもあります。
処方カスケードとは?
ポリファーマシーが生じるパターンの1つに「処方カスケード」があります。カスケードは「連なった小さな滝」という意味があり、処方カスケードとは、服用している薬による有害な反応が新たな症状と誤って認識され、それに対して新たな処方が生まれることを指します。
具体的な例
認知症の人も処方カスケードが起こるケースがあります。
抗認知症薬の「ドネペジル」「ガランタミン」「リバスチグミン」は、副作用として尿失禁があります。しかし尿失禁は一般的に、筋力低下などによって加齢とともに生じやすくなるものです。このため、筋力低下による症状だと誤解されると、尿失禁の治療薬「抗コリン薬」が処方される場合が多くなります。抗コリン薬はせん妄(突発的な意識障害)を引き起こすことがあり、認知症の症状にも影響を及ぼします。
また、認知症にも関わらず、うつ病と誤診されてベンゾジアゼピン系の抗不安薬、睡眠薬を処方されるケースがあります。ベンゾジアゼピン系の薬は、転倒やせん妄のほか認知機能が低下する副作用があり、認知症の症状が悪化するほか、さらに副作用を抑える薬を処方されて症状が悪化していく場合もあります。
副作用と有害事象の違い
ポリファーマシーは薬を服用したことによって「有害事象」が起きやすい、または起きている状態のことを指します。有害事象には、薬との因果関係がはっきりしないものも含まれます。薬の使用によって現れる有害な作用は「副作用」(医薬品有害反応)とも呼ばれますが、この場合、薬との因果関係が疑われる、もしくは関連が否定できない場合に使用されます。
ポリファーマシーの問題点
ポリファーマシーは患者にとって有害であるだけではなく、社会全体にも影響を及ぼします。ポリファーマシーの問題点について解説します。
飲んだ薬だけではなく飲まれなかった薬も問題に
薬を多く服用することで体にさまざまな害が起こる可能性が高くなるわけですが、実は必要な薬が「飲まれない」可能性も高くなります。
一般的に、服用する薬の数が多いほど残薬(余った薬)が増えることが知られています。数が多いと飲み忘れてしまう薬があるかもしれませんし、多くの薬を飲むのを面倒に感じて勝手に減らしてしまう可能性も出てきます。しかし、飲まれなかった薬こそ、その人にとって必要だったということも考えられます。
また、飲まれていないことを認識していない医師が、薬の効果が出ていないと判断して、新たに薬を追加する可能性もあります。
多数の薬を服用することで薬の相互作用が起こり、副作用を引き起こしている薬剤の特定が難しくなるという難点もあります。
高齢化が進む日本では今後さらに大きな問題になる可能性も
ポリファーマシーについては、医療従事者が中心となり解消に向けての取り組みが始まっていますが、一般的には広く認知されているわけではないのが現状です。しかし今後さらに高齢化が進むことで、ポリファーマシーの問題がより大きく現実的なものになると考えられます。
薬剤費の増大に伴い、医療費が高騰
多剤併用の問題の1つが薬剤費の問題です。自己負担分の薬剤費を支払う患者にとっても、国民医療費からみても大きくなります。薬剤費に技術料が加わった調剤医療費が増えれば、国民医療費もさらに高騰します。
ポリファーマシーの対策
ポリファーマシーの問題は薬を減らせば解決するとはいえ、患者が自己判断で減らせるものではありません。患者としてできる対策について紹介します。
「お薬手帳」での管理
複数の医療機関を受診している場合でもお薬手帳は1冊にまとめ、医師や薬剤師に現在使っている薬が正確に伝わるようにすること。サプリメントや市販薬を使用している場合は、併せて伝えるようにしましょう。
かかりつけ医師、かかりつけ薬局の活用
かかりつけ医や、かかりつけ薬局をもち、自分の病気と服用している薬をすべて把握してもらうようにすること。飲み残している薬、飲み忘れてしまう薬、介護者が飲ませにくい薬があれば、かかりつけの医師や薬剤師に伝えて、本当に必要な薬かどうか検討してもらうようにしましょう。
医療保険では減薬は薬局のメリットにも 気軽に相談を
「薬を減らしたいけれど、医師には相談しにくい」といった場合、ぜひ活用したいのが薬局です。薬剤師が医師に減薬を提案し、それが減薬につながった場合、薬局には「服用薬剤調整支援料」という報酬が算定されます。減薬の相談を気軽にするためにも、かかりつけの薬局をもっておくことが大切です。
自治体の取り組み
自治体によっては、服薬情報のお知らせを送付するなど、ポリファーマシー解消のための対策をとり入れています。全国に先駆けて対策に取り組んでいる広島市と福岡市の事例を紹介します。
広島市の事例
広島市域の3医師会、4薬剤師会、全国健康保険協会広島支部および広島市で、「ポリファーマシー対策の推進に関する連携協力協定」を締結しています。具体的には、服薬情報を記載した通知をポリファーマシーの可能性がある高齢者に送付し、かかりつけの薬局などにおいて、薬の飲み合わせに問題がないか、といった確認や薬に関する相談などを促しています。
通知に関しては、広島市の国民健康保険および後期高齢者医療制度の被保険者のうち、65歳以上で、複数の医療機関から月14日以上の内服薬を6種類以上処方されている人に服薬情報のお知らせを送付します。さらにそのお知らせの用紙を病院や薬局で見せることを勧めています。
現在は広島市の事例にならって、同様の取り組みを実施している自治体もあります。
福岡市の事例
福岡市薬剤師会は、2012年から「節薬バッグ運動」に取り組んでいます。薬局から無料で配布された「節薬バッグ」に、飲み忘れなどによって自宅に残っているすべての薬を入れ、薬局に持参します。薬剤師はその残薬の量や使用期限を確認したうえで医師に連絡し、処方の調整について相談します。現在この運動は、全国各地の薬剤師会にも広がっています。