若いアーティストと同居で何が起きた? 下町の施設で高齢者がいきいき

入居者が書いた「令和」の文字を見ながら話すアーティストたち
入居者が書いた「令和」の文字を見ながら話すアーティストたち

高齢者とアーティストが一緒に暮らしながら、アートを使って交流する取り組みが行われています。介護スタッフとは違った視点から新しい関係が生まれている、東京都足立区のサービス付き高齢者向け住宅を訪ねました。

荒川と隅田川に挟まれた下町の住宅街にある「そんぽの家S 王子神谷」。介護大手のSOMPOケアが運営するサービス付き高齢者向け住宅で、67人が暮らし、そのうち15人が認知症の診断を受けています。1階の食堂を訪ねると、一角に設けられたカフェスペースで入居者と和やかに話す若いアーティストの姿がありました。

ここでは昨年4月から東京芸術大学とSOMPOケアの産学連携プロジェクト「アーティスト・イン・そんぽの家S 王子神谷」が行われています。2人のアーティストが約1年間にわたって入居者と一緒に生活し、交流しながら作品制作やイベントの企画などをしています。

入居するアーティストは、東京芸大とSOMPOホールディングスが協働で行う「アート×福祉」をテーマにした履修証明プログラム「DOOR」の修了生。社会人と東京芸大生を対象に、共生社会を実現する人材を育成しようというもので、アートを使った交流や福祉について1年間学んだあと、実践の場として「そんぽの家S 王子神谷」で様々な企画を行っています。2期目となる今年度は柳雄斗さん(27)と中国・上海出身の楼婕琳(ろう・じぇりん)さん(26)が入居。2人とも東京芸大大学院を今年3月に修了したばかりです。

食堂で入居者の女性と談笑する柳雄斗さん(左)と楼婕琳さん(右)
食堂で入居者の女性と談笑する柳雄斗さん(左)と楼婕琳さん(右)

第1期のアーティストとして昨年5月から今年3月まで入居していた横田紗世さん(39)と垣内晴さん(22)はカフェの企画運営のほか、およそ50のイベントを実施。お茶会やコンサート、ワークショップなどで入居者との交流を深めてきました。介護福祉士としての勤務経験を持つ横田さんは「ここに来たばかりの頃、住人さん同士にあまり会話がないと感じたんです。食堂でテレビを見ながらご飯を食べ、終わったらすぐ部屋に戻っちゃう。住人さん同士のつながりを作りたい。ここをもっと自分の家のように感じてもらいたいと思い、カフェのスペースを作りました」。そこで教えてもらった趣味の話から生まれた企画も多くあります。「みなさんのリクエストに応えていたら、こんな数になっちゃいました」

活動終了後も度々施設を訪れ、入居者との交流を続ける垣内晴さん(奥)、横田紗世さん
活動終了後も度々施設を訪れ、入居者との交流を続ける垣内晴さん(奥)、横田紗世さん

東京芸大の学生で、入居していたときは講義に出かける前の朝食時にいろんなテーブルを回って入居者に話しかけたという垣内さんは、昨年10月頃からイベントの運営に力を注ぎ始めました。
「この頃になると、私と横田さんで住人さんの魅力を共有するようになりました。1人ひとりの魅力をイベントという形にして、楽しんでもらうにはどうすればいいか。何度も頭をひねったり、手を動かしたり。でも、次々に新しい魅力を発見してしまうから、終わりがないんですよね」。
地元のコミュニティセンターと一緒に企画したスタンプラリーに、近隣の小学生が多く参加するなど、地域の人を巻き込んだイベントも次第に増えていきました。最初は遠巻きに眺めていた一部の入居者からも「何か手伝うことがあれば言ってね」と声が掛かるようになったと言います。

横田さんと垣内さんが見せてくれた思い出のアルバムをめくると、イベント時にカフェの店員としてコーヒーやお菓子を振る舞ったり、長年講師を務めてきた粘土細工を教えたり、入居者の生き生きとした写真であふれていました。

田中正憲ホーム長(46)は「自室にこもりがちだった入居者さんも外に出てくるようになりました。会話も増え、『こんなに明るい人だったんだ』と驚くことも多かったですね」。プロジェクトを統括するSOMPOケアの伊東正幸さん(44)は「アーティストが新しい引き出しを開けてくれた」と言います。「介護スタッフとして接していると、健康や食事についての話が中心になるけど、アーティストの皆さんとは趣味や思い出話などで盛り上がっています。そうした情報によってスタッフと入居者さんの関わり方も変わってくるし、交流が少なかった人同士にも会話が生まれるんです」

昨年度のイベントで撮影した写真をまとめたアルバム。希望する入居者らにも配布した
昨年度のイベントで撮影した写真をまとめたアルバム。希望する入居者らにも配布した

心の変化はアーティストにもありました。最初は大勢の高齢者との共同生活に戸惑い、たまには1人でご飯を食べたくなる時もあったと言いますが、「介護福祉士として働いていた時には見逃しがちだった些細なことも、住人さんと接する中で気付くことが出来ました」と横田さん。垣内さんも「今ではバスで隣になったお年寄りと友だちみたいに話せます。いろんなコミュニケーションの方法を手に入れたような気持ちです」。活動が終わっても、2人は度々施設を訪れ、入居者とのコミュニケーションを続けています。

地域との交流も生まれ、イベントがきっかけで近隣の小学生たちが自由に訪れるようにもなりました。「高齢者施設の閉ざされたイメージが変わるきっかけになれば。それは認知症の人への理解にもつながると思っています」と田中ホーム長は話します。そうした流れは、今年度のアーティストにも受け継がれています。夕食前の食堂で入居者の90代女性と楼さんが話していました。「あなたとは毎日のように一緒にご飯を食べているわね」「私の名前、覚えていますか?」「忘れちゃったわよ!」。夕暮れの食堂に明るい笑い声が響いていました。

昨年度と今年度のアーティストたち
昨年度と今年度のアーティストたち。左から、垣内晴さん、柳雄斗さん、横田紗世さん、楼婕琳さん

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