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副業ヘルパー

実技で習った「ボディメカニクス」 介護技術はすべて科学だった!

移乗・移動/車椅子の人に声を掛けるヘルパー

新卒で入社した出版社で、書籍の編集者一筋25年。12万部のベストセラーとなった『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(多良美智子)などを手がけた編集者が、40代半ばを目前にして、副業として訪問介護のヘルパーを始めることを決意しました。働き始めるために必須とされたのが「介護職員初任者研修」の受講。今回は、研修の実技で習った「ボディメカニクス」のお話です。

実技は大きく5つのジャンル

研修で習う実技のジャンルは、大きく分けて以下の5つになります。

  • 移乗・移動…主にベッドから車椅子、車椅子からベッドに乗り移るときの介助。また、ベッド上でおむつ交換や着替えをするときに、自分で左右に寝返りをうったり、足元にずり下がったりができない方の体を動かす方法
  • 整容…主に着替え(更衣)の介助。体が不自由な方は、服の脱ぎ着が困難なことも多いもの。体を起こした状態だけでなく、ベッドで寝ている状態でも更衣をする方法
  • 食事…文字どおり食事の介助。口腔(こうくう)ケア(歯磨き)も
  • 入浴、清潔保持…浴槽への出入りと、体を洗う介助。タオルでの清拭(せいしき)。ベッド上で寝たまま髪を洗う方法も(これはだいぶ上級編)
  • 排泄(はいせつ)…ポータブルトイレでの排泄介助、ベッド上でのおむつ交換

その他、ベッドシーツの敷き方・たたみ方だったり、車椅子や介護ベッド、杖など福祉用具の使い方だったり、細部にわたったレクチャーを受けましたが、核になっていたのは上の5つに関わることでした。これらの介護技術をマスターすれば、なんとか1人でヘルパーとして訪問先へ向かえるようになる、というわけです。

椅子から立ち上がるために必要なこととは?

初めて知る、介護技術。実技の授業は発見の連続でした。
スクーリング初日の実技は「移乗・移動」。まず習ったのは「(椅子に)座った状態から立ち上がる」ときの介助方法でした。
受講生はみな、介護される側を実体験するべく、椅子に座っています。「人が椅子から立ち上がろうとするとき、初めにする動作は何だかわかりますか?」と講師の先生。あらためて問われると、えぇ何だろう……。

椅子に深く座り、ひざ下を前に出した状態だと・・・/立ち上がれない

「“浅く座る”ことです。これ、とても重要なポイント。背もたれに背中をつけた、深く座った状態だと、立ち上がりにくいのです」
へぇぇ、そうなんだ……! 普段、無意識にしている動作だから、考えてみたこともありませんでした。

「加えて、ひざから下は少し手前に引き気味に。こうすると、足に力が入り、安定して立ち上がることができます。ひざ下が前に出ていると、やっぱり立ち上がるのが難しくなります」
たしかに、深く腰かけたまま、ひざ下を前に出して立ち上がろうとしても…。あ、立ち上がれない。お尻が上がらない!

椅子に浅く座り、ひざ下を手前に引いた状態なら・・・/立ち上がれる!

「立ち上がりの介助は、椅子の上で利用者さんの体を“立ち上がれる姿勢にする”ところから始まるのです」
なるほど、そうなのかぁ。絶対に自分では思いつきません。
このように、人間の動作のメカニズムがひとつひとつ分解され、なるほどなー!と思うことばかり。これは、すごくおもしろい。

力技では腰を痛めてしまう

介護の技術とは、人体構造に基づく科学的な理論なのですね。体の自然な動きにのっとって介助をする。それは介護される側にとって無理がないだけでなく、介護する側の負担を減らすことにもつながります。
一般に、介護職は「力仕事」というイメージがあるようです。私も初任者研修を受けるまで、漠然とそう思っていました。いかに高齢者世代は小柄な方が多いとは言え、それなりの大きさ、重みのある成人の体です。その体を動かしておむつを交換したり、車椅子に移乗するわけです。当然、ある程度の力がいるのだろうと想像していました。
力技で行えば、確実に体にダメージがきます。腰を痛めて介護職をやめたというのは、よく耳にする話です。介護職を無理なく長く続けていくには、体を痛めない介助方法が必須なのです。

「ボディメカニクス」の基本原理

講師の先生がくり返し口にしていたのが、「ボディメカ」という言葉でした。正しくは、ボディメカニクス。日本語に訳せば「身体力学」。人体の構造と、体にかかる重力の作用を加味して、もっとも少ない労力で介護を行うための基本原理です。

たとえば、「重心を低くする」こと。ベッド上の介助をするとき、突っ立った姿勢で腰を折り曲げれば、腰を悪くします。そうではなく、ひざを曲げて腰を落とし、「スクワット」状態で重心を低くすれば、腰を痛めずにすみます。

ボディメカニクスには他に、「太ももなどの大きな筋群を使う」「足を開いて体を支える面積を広くとる」というものもありますが、スクワットの姿勢にはそれらも含まれています。
先生は、「ボディメカを徹底しているので、私は腰痛になったことがないんです」と言われていました。実際に、すばらしいスクワットぶりでした。

てこの原理で、魔法のように体が動く

ボディメカニクスでとくにすごいと思ったのは、「てこの原理を使う」こと。
ベッド上でのおむつ交換や衣服の着替え。寝返りが打てない方に、どうやって仰向けから横向きになってもらうか。
「さあ、どうすればいいでしょう?」と先生。首をひねる受講生たち。私も全然わからない。試しに、利用者さん役の受講生の体を、端から持ち上げようとしてみても、ちっとも動きません。

足が伸びたままだと、体が動かない

「では、ひざを立ててみましょう」
ベッドに伸びた状態の足を、ひざから曲げて山型に立てた状態に。
「これで、お尻部分が支点になり、てこの原理が働きます」
はー、そうなんだ!
「さらに、腕は胸のところで組んでいただきます。利用者さんの体を『小さくまとめる』というのも、ボディメカのひとつです」
そうして、肩甲骨と骨盤のあたりを同時に軽く押せば……難なく向こう側に寝返った!まるで魔法のようです。

ひざを立てて、腕は胸元に/肩甲骨と腰の辺りを軽く押せば・・・/簡単に横を向くことができる!

介護技術がいかに科学的であるか、ということを初めて知りました。すべての動作、体の向きや関節の角度に意味がある…。非常に興味深く、ボディメカニクスにすっかり魅了されてしまった私でした。

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