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「手術で改善できる認知症」を見逃さないために! 専門の医師が渡辺真理さんに伝えた気づきのポイントと病院の探し方

特発性正常圧水頭症(iNPH)について対談した秋葉ちひろ先生(左)と渡辺真理さん

「認知症は治らない」「認知症=アルツハイマー型認知症」と思い込んでいる人はいませんか? そんな方々にこそ知ってほしいのが「手術で改善できる認知症」といわれる「特発性正常圧水頭症:iNPH(アイエヌピーエイチ)」です。この病気を治療してきた脳神経外科が専門の秋葉ちひろ先生と、両親の介護経験があるフリーアナウンサーの渡辺真理さんが、特発性正常圧水頭症(以降、iNPH)について語り合いました。

「手術で改善できる認知症」ってなに?

「認知症を一括りに考えずに専門の医師に診断していただくことが大事」(渡辺さん)
「早期発見・早期治療により症状を改善することが可能」(秋葉先生)

――秋葉医師は日ごろ、どのような患者さんを診ているのですか。

秋葉ちひろ先生(以降、秋葉先生):順天堂東京江東高齢者医療センターの脳神経外科でiNPHの患者さんの診断と手術を担当しています。認知症専門医でもあるので、さまざまなタイプの認知症の患者さんの鑑別診断を行ったり、相談に乗ったりもしています。

――渡辺さんはご両親の介護経験がありますが、認知症についてはどのような印象をお持ちですか。

渡辺真理さん(以降、渡辺さん):小脳の脳内出血で倒れた父と、腰椎と胸椎の骨折から(要介護認定が)要介護5になった母は、自宅で静かに療養してくれていました。主治医の判断もあって認知機能の検査はしませんでした。今は義母が身近にいて定期的に検査はしています。認知症については、同じことを繰り返し話したり、家族が誰だか分からなくなったりするイメージを持っていました。

iNPHについて秋葉ちひろ先生から学ぶ渡辺真理さん

――iNPHはご存じでしたか。

渡辺さん:初めて知りました。「手術で改善できる認知症」と聞いてとても驚きましたし、認知症を一括りに考えずにきちんと専門の医師に診断していただくことが大事だとあらためて感じています。自分や家族が認知症かもしれないと不安に思ったときに、「もしかしてiNPH?」と可能性を考えられるかどうかでは大違いですよね。

秋葉先生:iNPHは、認知障害、歩行障害、尿失禁の症状が出る高齢者に多い病気です。加齢によって脳の周囲を満たしている脳脊髄液の代謝が悪くなるために起こると考えられています。ただし、詳しいメカニズムはわかっていないので、病名に、原因が特定できないことを示す「特発性」という言葉がついています。

――iNPHが「手術で改善できる認知症」と呼ばれているのはなぜですか。

秋葉先生:認知症を引き起こす病気はいくつか種類がありますが、アルツハイマー型、レビー小体型など有名なものだけで約90%を占めています(2009年熊本大学神経精神科専門外来調査)。これらの病気による認知症状の改善は難しいため、一般的には「認知症は治らない」と思われがちなのです。でも、約5%を占めるiNPHは診断と治療法が確立されています。早期発見・早期治療により、症状を改善することが可能です。これが「手術で改善できる認知症」と呼ばれるゆえんです。

気づきのポイントは?

「ガニ股でよちよち歩きの人を見たらiNPHを疑います」(秋葉先生)
「アルツハイマー型認知症や老人性うつとの区別が難しそう」(渡辺さん)

――iNPHとアルツハイマー型認知症との違いは何ですか。

秋葉先生:アルツハイマー型認知症の主な症状は記憶障害であることに対し、iNPHは歩行障害が最初に出てきて、認知障害や尿失禁と続くのが一般的です。これらがiNPHの3徴候といわれる代表的な症状です。

渡辺さん:私も50代になってから脚が上がらなくなって、変なところでつまずきます(笑)。iNPHの歩行障害は、このような老化現象とは違うのですか。

秋葉先生:老化ではなくiNPHではないかと疑うきっかけになる特徴がいくつかあります。歩くのが遅くなり、何度もつまずく、転倒することが多くなります。脚を左右に開き、すり足で小刻みになるなど、歩行が不安定になるのが特徴の一つですので、私たち専門医は、ガニ股でよちよち歩きの高齢者を見たら、まずはiNPHを疑います。そして認知症の症状としては、物忘れより、1日中ぼーっとしている、思考や行動、反応が遅いといった症状が出てくることが多いです。

iNPHについて秋葉ちひろ先生に質問する渡辺真理さん

――iNPHは、高齢者に多いフレイル(虚弱)やサルコペニア(筋力低下)、パーキンソン病などと特徴が似ているようにも感じますが、見てわかりますか。

渡辺さん:老人性うつなども似ている気がしますし、素人には区別が難しそうですね。

秋葉先生:iNPHの歩行障害は特徴的といわれますが、フレイルやサルコペニアとの鑑別は医療者でも難しいことが多いと思います。加齢によるフレイルやサルコペニアになる人もいます。アルツハイマー型認知症やパーキンソン病、脳血管障害によってもフレイルやサルコペニアになることもあります。いずれにせよ見極めは難しいので、歩行障害があれば一度医師にご相談ください。

何科に相談に行けばいいの?

「iNPHの治療実績のある医療機関の受診を」(秋葉先生)
「介護や福祉に携わる人たちにもiNPHの知識を持ってほしい」(渡辺さん)

――iNPHの3徴候があったら、どこに相談すればいいのでしょうか。

秋葉先生:一番いいのは、iNPHの治療実績のある医療機関を探して受診していただくことです。残念ながらiNPHは医師の間でさえ広く知られてはいないのが現状です。インターネット検索をしていただけると、適切な医療機関が見つかると思います。

渡辺さん:今は情報があふれすぎていて、調べ始めると逆に不安になることもありますよね。治療実績のある医療機関を調べると同時に、信頼できるかかりつけ医に相談するのもいいのかなと思いました。そこから専門医につないでいただければ安心ですから。

秋葉先生:実は、私の患者さんでは整形外科やメンタルクリニックなどから紹介されてくる方が多いです。歩行障害のために転倒を繰り返したり骨折したりしている方や、認知症やうつ症状でメンタルクリニックに通院する高齢者の中にも、iNPHの患者さんが潜んでいるということです。

渡辺さん:一人暮らしの高齢者や高齢夫婦のみの世帯も多いので、ケアマネジャーさんやヘルパーさんといった介護サービスを提供する方々も、iNPHについて知識を持っていただけるといいですね。

iNPHの説明を聞く渡辺真理さん

――どのように診断されるのですか。

秋葉先生:診察や画像検査に加えて、iNPHの手術を前提に「タップテスト」を行います。腰の高さの脊髄の周りにある脳脊髄液腔(腰部くも膜下腔)に針を刺して脳脊髄液を30〜50mlほど排出させてみて、症状の変化を見るテストです。タップテストで改善すれば手術の成果が見込めます。もし変化が小さい場合でも、その方や周囲の人にとって大事な変化が見られたならば、手術を検討してみる価値はあると思います。

――手術の方法を教えてください。

秋葉先生:「髄液シャント術」といって、脳脊髄液を腹腔(お腹にある空間)に持続的に排出させる仕組みを体内に埋め込みます。脳にメスを入れなくても、脳脊髄液は腰部くも膜下腔から排出させることができるので安心してください。手術時間も30分~1時間程度ですし、局所麻酔でもできます。傷も小さく、術後の痛みも軽度です。

渡辺さん:手術は早く受けたほうがいいですか。早く治療を受ければ治るのでしょうか。

秋葉先生:症状が進行してしまうほど治りにくいことが分かっています。30代、40代のころのような状態に戻れるわけではありませんが、手術によって、安心して歩けるようになった、会話が弾むようになった、尿失禁の心配をせずに外出できるようになったと感じられることが大事だと思っています。

渡辺さん:よく分かります。介護をしていると、自分でトイレに行ける、友だちと会える、ときには家族と笑い合えるということだけでも、幸福度が大きくアップするものですよね。ご本人が有意義な時間を過ごしていくためにも、ご家族の心配や負担を和らげる意味でも、iNPHを治療する意義は大きいのですね。

秋葉先生:症状が改善すれば当然、介護保険の要介護度も低くなってご家族の負担が減ることもあります。

渡辺さん:ご家族にとっても、知っておくべき病気だと感じます。

早期発見・治療のために

「おせっかいでも3徴候に気づいたら声をかける助け合いを」(渡辺さん)
「iNPHを意識するだけで新たに治療につながる人が相当数いる可能性」(秋葉先生)

――認知症と診断されると「認知症は治らないから……」と諦めてしまい、治療の機会を逃してしまっている人や家族がいるかもしれませんね。こういう家族にアドバイスをお願いします。

渡辺さん:認知症の中でもiNPHは治療法があること、また併存する病気があってもiNPHの症状を改善し、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)が向上することがよく分かりました。家族や友人、知人、ご近所など世代を越えて知識を共有して、おかしいなと思ったら医療関係者や介護関係者に相談することができるような社会になるといいですね。高齢者夫婦のみの世帯で在宅介護をされている方、一人暮らしの高齢者の方については、皆で見守って、ちょっとおせっかいでも3徴候に気づいたら声をかけるといった助け合いがますます大事になってくると感じました。

秋葉先生:高齢者の生活のサポートをしている、地域包括支援センターや訪問看護ステーションなどの職員の方々にもぜひ協力をお願いしたいです。できるだけ多くの方に、iNPHを知って意識していただきたいのです。それだけで新たに治療につながる方が相当数いると思います。

もっと多くの人にiNPHを知ってもらいたいと語る秋葉ちひろ先生

もっと知りたい方へ

特発性正常圧水頭症(iNPH)の症状のチェックリストを試したり、実績のある病院を検索したりしたい方は、「iNPH.jp」(https://inph.jp/)のサイトをご利用ください。
インターネット以外にも、「高齢者の水頭症コールセンター」(0120-279-465)で、平日午前8時から午後8時までご相談を受け付けています。医療従事者を中心に経験豊富なオペレーターが、iNPHに関するご質問やお悩みにお答えします。

秋葉ちひろ先生
2006年順天堂大学医学部卒業後、国立病院機構東京医療センター初期臨床研修医を経て順天堂大学脳神経外科に入局。順天堂大学大学院・シンガポール国立大学にて水頭症および認知症の基礎研究・臨床研究に従事した。2019年から現職。専門は水頭症と認知症。日本脳神経外科学会認定専門医、日本認知症学会認定専門医・指導医、医学博士。
渡辺真理さん
アナウンサー。神奈川県生まれ。横浜雙葉学園、国際基督教大学卒業後、1990年、TBSにアナウンサーとして入社。1998年からフリーに。テレビ東京系列「知られざるガリバー」を担当するほか、糸井重里氏が主宰するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で「マリーな部屋」を連載中。

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