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「ごちゃまぜの共生社会」を目指して 日本と台湾の先進事例はどんな感じ? 

トヨタ財団国際助成プログラム
アジアの共通課題と相互交流:学びあいから交流へ
政策提言公開シンポジウム
「認知症に着目して『地域共生社会』を再定義する」

2021年5月30日、トヨタ財団国際助成プログラム「認知症に着目して『地域共生社会』を再定義する」の一環として、登壇者も参加者も全員がオンラインの公開シンポジウムが開催されました。前半は地域共生社会の先進モデルとして、日本の若手事業者3名、台湾の事業者1名がプレゼンテーション。それを受け、地域共生社会に取り組む先駆者を中心としたトヨタ財団国際助成プログラムの研究員を交えてディスカッションし、具体的な政策提言をまとめました。世代や国籍を超えて、熱い議論が交わされ、未来に希望を抱けるような、活気にあふれた場となりました。当日の様子をレポートします。

開会の挨拶は、医療法人社団悠翔会理事長・診療部長の佐々木淳さん。「日本・世界における認知症ケアの潮流」をテーマに、認知症の人が想定以上に増え続け、誰もが他人事ではなくなっている現状をふまえ、「認知症に対する世の中の価値観を変えていくべき」と話しました。
「世の中の人は、『認知症は怖い』『自分はなりたくない』と思っている人が圧倒的ではないでしょうか。しかし厚生労働省のデータによると、85~89歳は約4割、90~94歳は約6割、95歳以上は約8割が認知症になります。これを病気と呼んでいいのでしょうか。長生きすれば認知機能が低下するのは、ごく普通のことなのです。そもそも認知症とは『認知機能が低下したことで社会生活に支障をきたすようになった状態』のことを指します。たとえ認知機能が低下していても、本人や周りの人が困っていなければ認知症とはいえません。認知症を生み出しているのは、社会環境そのものかもしれません。
認知症になると細かいことに煩わされなくなり、がんになっても痛みを感じにくくなり、死に対する恐怖心が小さくなると言われています。人間として成熟していく1つのプロセスなのかもしれません。だとしたら『予防』や『治療』だけではなく、『社会が備える』ことが重要です。国のバックアップもありますが、医療と介護だけではサポートしきれません。みんなで支え合う『地域共生社会』が大事なのではないでしょうか」

トヨタ財団国際助成プログラムでは、日本、台湾における地域共生社会の先進事例について調査研究し、汎用性のある地域共生社会モデルの開発、提案を行っています。先進事例として、日本と台湾の若手事業者4人がプレゼンテーションしました。

日台4人の若手事業者が地域共生社会の先進事例を紹介

最初に発表したのはCommunity Nurse Company株式会社の青山美千子さん。看護師として病院や訪問診療の現場で働き、現在「コミュニティナース」として活動しています。コミュニティナースは、地域で暮らす人にとっての身近な存在として、専門性を生かしながら“心と身体の健康と安心を実現”するケアを行っています。
コミュニティナースの研修修了生は約400人、全国各地で活動しています。青山さんは、コミュニティナースの拠点である島根県雲南市の「雲南ラーニングセンター(みんなのお家)」で活動。その取り組みを紹介しました。

青山美千子さん(左)と濱野将行さん

「長らく地域では〝おせっかいやき″と呼ばれる人が、そこで暮らす人たちの健康の担い手でした。私たちはそんな地域のおせっかいやきと出会い、ともに地域住民の健康に働きかける取り組みを行っています。その1つが『地域おせっかい会議』。定期的に集まって住民の心と体の元気を生み出すためのアイデアを出し合います。
先日は学校の先生発案で『編みテロ!in島根』というイベントを開催。参加者がつくる編地をつなげて、1つの作品を完成させました。民生委員が認知症の人を連れてきてくれたり、小さな子供がいるお母さんたちが参加してくれたり、編み物が得意な人が教えてくれたり、素敵な時間になりました。誰もが誰かの心と体の健康を生み出せる主体者になれるように、雲南市で実践を続けていきたいと思います」

2人目のプレゼンテーションは、一般社団法人えんがお代表理事の濱野将行さん。作業療法士の濱野さんは現在、栃木県大田原市で「誰もが人とのつながりを感じられる地域」「高齢者が孤立しない地域」をめざして生活支援事業を行っています。例えば訪問型のサービスでは、「電球が切れたけれど変えられない」「寒いのにしまってある布団を出せない」「とにかく話し相手がほしい」といった高齢者の困りごとを解決しています。
特徴的なのは、こうした活動に高校生や大学生が参加し、世代を超えたつながりに価値をおいていること。空き家を活用した地域サロンでは、1階を1人暮らしの高齢者などが集まる交流スペースに、2階を学生が勉強できる自習室にしたことで、ランチの時間には学生たちが1階で高齢者と一緒にお弁当を食べるといった交流が生まれているそうです。濱野さんはこうした空き家や空き店舗を活用し、障がい者向けグループホーム、若者向けシェアハウスなども運営しています。子どもから高齢者、認知症の人、障がいがある人などが分断されることなく、関われる地域づくりを実践。高齢者にも地域のプレーヤーになってもらうことを大事にしているそうです。

「こだわりたいのは、高齢者が幸せであること。高齢者が幸せではない世界は、景色が汚い山のようなもの。そんな山は誰も苦労して登りたくないはずです。がんばって生きたって、高齢になったら孤立する。そんな現状が若者の自殺率の増加にもつながっているのではないでしょうか。高齢者が笑っている社会でないと、若者は一生懸命に生きない。高齢者の孤立などの社会問題を、人とのつながりを大事にすることで、解決に導きたいと思っています」

3人目はHappy Care Life株式会社代表取締役の中林正太さん。「関わるすべての人に幸せが芽吹く居場所づくり」を理念に、佐賀県嬉野市でデイサービスなどを運営しています。「デイサービス宅老所 芽吹き」では、たとえ要介護状態になっても、いまできることや知識、経験を通して社会とつながり、それが役割、生きがいとなって、高齢者が長生きしてよかったと思えるような仕組みづくりを目指しています。
具体的に行っているのが、「味噌プロジェクト」。食品衛生法のみそ製造業を取得し、利用者とともに味噌の製造から販売までを行い、売り上げを地域に還元しています。
また、2021年4月には、“管理されない介護”を目指し、小規模多機能型居宅介護と有料老人ホームを併設した施設を開業。施設内に地域の人たちが集まれるような飲食店を設け、オープンに向けて現在スタッフや利用者がメニュー開発を行っています。

中林正太さん(左)と陳柔謙(Emma Chen)さん

さらに嬉野市の山間部にある春日地区では、廃校を活用してカフェを運営。そこに集まる高齢者が自ら命名して「むかし美人の会」を結成し、地域で生産している「茶の実油」を使った商品の開発を行っています。
「嬉野茶は九州三大銘茶の1つですが、少子高齢化が進む春日では8割以上が耕作放棄されています。そこで、高齢者でも収穫しやすい茶の実を活用することにしたのです。昨年末からは農業にも本格参入し、法人内の施設で連携しながら取り組んでいきたいと思っています。まだこれからの事業ばかりですが、地域全体をよくすることをめざし、試行錯誤しています」

最後のプレゼンテーションは、台湾の陳柔謙(Emma Chen)さん。地域住民の健康促進をめざし、健康用品のコンサルテーション、健康相談室、在宅リハビリのサービスなどを行う会社を運営しています。拠点としている地域の保健室では、近隣に住む高齢者に声をかけ、持ち寄りのランチ会を開催。次第に参加者自らが声をかけあって、ランチ会をするようになっていったそうです。また、クリニックや薬局などと連携して、地域住民が集うさまざまなイベントも開催しています。
「誰もが、家でも外でも安心して過ごせるようになることを目指し、運動や音楽、アロマ教室、日本の紙芝居など200以上のイベントを開催してきました。笑顔がなくなってしまった認知症の人が、イベントに参加するようになったことで笑うようになりました。台湾では、健康や病気予防のための取り組みを人とつながりながら一緒に実践するという点が弱かったので、教育も含めて力を入れるべきだと思います」

公開シンポジウム

後半は、トヨタ財団国際助成プログラムの研究員を交え、認知症に着目して地域共生社会を再定義するための公開シンポジウムが開催されました。
研究員は、ファシリテーター(進行役)の市川衛さん(READYFOR株式会社室長)、開会の挨拶をした佐々木淳さんのほか、地域共生社会の先駆的存在である加藤忠相さん(株式会社あおいけあ代表取締役)、下河原忠道さん(株式会社シルバーウッド代表取締役)、前田隆行さん(DAYS BLG! 理事長)の3人、さらに認知症当事者の丹野智文さん(おれんじドア代表)、台湾から蔡岡廷(Kang-Ting Tsai)さん(奇美醫院医師)、胡朝榮(Chaur-Jong Hu)さん(台北医学大学神経内科医師)が加わりました。

プレゼンテーションを受けて研究員からは
「お金をかけて施設を造って人を集めて……ではなく、空き家や廃校を活用するなど、既存のプラットフォームを使っているのが素晴らしい」(加藤さん)
「認知症がある人、ない人の区別をしていないのが、みなさんに共通していた。政府に頼らない民間パワーでビジネスモデルを考えているのが先進的。若者が活躍するスモールビジネスが広がっていくことが重要」(下河原さん)
といった声が上がりました。

また、台湾の2人の医師からは、
「高齢者に役割をもってもらうという考え方に感動しました。台湾は廃校をカフェにしたり、デイサービスで飲食を提供したりするには、たくさんの手続きや審査が必要になり、時間がかかります。政府にはもっと柔軟になってほしい。一方で地域や家庭の中でお互いに世話をやくという文化が日本よりも根強く、その点は残していきたい」(蔡さん)
「幅広い世代を巻き込んでいる点に、感動しました。台湾では認知症の人の9割が在宅で過ごしていて、そのうち3割が東南アジアなど外国籍のヘルパーに介護してもらっている」(胡さん)
など、感想のほか日本とは異なる台湾の現状についての話も挙がりました。

続いて、年齢や立場を超えた“ごちゃまぜ”の共生社会を阻むものは何か、というテーマについて議論が交わされました。

認知症当事者である丹野さんからは、「認知症と診断されると、その時点から何事も自分で決められなくなる環境が、ごちゃまぜを阻んでいる」という意見がありました。
「認知症と診断されると、一人で出かけること、財布を持つことを禁止されます。先ほどうかがったようなさまざまなイベントに本人が行きたいと思っても行けない、もしくは行きたくないのに無理やり連れていかれるのです。抵抗して怒るとBPSDで大変だと言われる。この悪循環をみなさんに知ってほしい。何をするにしても、認知症本人が自分で決めることが大事だと思います」

前田さんは、ごちゃまぜの世界が「急に広がるのは難しい」と話します。
「先ほどうかがった味噌づくりの取り組みのように、認知症があってもなくても高齢者が技や味の伝授という役割を担えている。こうした仕掛けのある場が地域の拠点となって広がることで、認知症があってもなくても生きやすい社会をつくれると思います。同時多発的に各地でスタートすれば、徐々に広がっていくのではないでしょうか」

参加者のチャットでの質問に登壇者が答えている間、研究員が議論をまとめ、暫定版の政策提言を佐々木さんが次のように発表しました。

  1. まずは認知症の人が主体者として選択できる環境や権利の確保を。社会の認識を変えていくためのより強力な取り組みが必要
  2. 年代や対象で異なる縦割り制度の壁を低くする。その制度改定に専門職、当事者が関われるように
  3. 事業者は公的資金、補助金だけに依存せず、事業としての自立性に対する責任感をもつ。そのために持続可能な福祉事業モデルの構築、情報発信、参入促進と資金調達の具体的な方法の確保を
  4. ハードを新設する議論にとどまらず、既存のプラットフォームの活用、人と人との関係性を基盤に
  5. 短期的にアウトカムが可視化できないことを前提とした政策目標、支援目標の設定を

最後は佐々木さんが次のようにまとめ、3時間に及ぶシンポジウムを終えました。
「地域共生社会を目指すプロセスは、濱野さんの言葉にあった『景色のきれいな山登りを楽しむ』ことだと思います。地域共生社会の形作りは、長い年月がかかるでしょう。完成したとき、支えられる側にいるのは私たちかもしれません」

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